<前編のあらすじ>

専業主婦の薫(35歳)は、夫から「お前は家でのんびりできていいよな」「俺の稼いだ金でぜいたくしてること忘れるなよ」などと、日常的に言葉によるモラハラを受けていた。

友人に相談しても「2人の娘のことを考えるとねぇ」などと現実を突きつけられた。実際、専業主婦の薫にはこれから中学・高校・大学と進学していくであろう娘たちの将来を満足に支えてやることは難しく、現状は薫が耐えることが最良の選択であるように思えていた。

ある日、いつものように夫に詰められ1人で泣いていたところ、娘たちが心配してやってきた。「ママ、もう無理しないで、離婚したっていいんだよ」と言う娘たちに、驚いた薫は葉が出なかった。

●前編:「飯まだ?」まるで365日無休の家来…モラハラ夫に支配される妻の背中を押した「娘からの信じられない一言」

薫の決意

「離婚? なんでそんなこと言うの」

薫は取り繕うように笑った。耳元では『ふつーに無理だよね』とため息混じりに笑っていた万里子の声がよみがえる。しかし美緒の表情は張りつめたまま、薫へと向けられている。

「だって、ママ、すごく悲しそうな顔で泣いてる」

「ママぁ……泣かないで」

実里は小さな手で薫の洋服の裾をつかんでいた。泣かないでと声を絞りだしてくれた実里も今にも泣きそうな顔だった。薫にはかけがえのない娘たちがいる。この子たちのためなら、薫はどんな理不尽にも耐えられる気がした。

「ゴメンね、2人にまで心配をかけちゃって。でもね、ママ大丈夫」

涙をぬぐって2人の娘を抱きしめる。しかしそれを拒むように美緒が首を振る。

「変だよ。ママ、大丈夫じゃないよ。頑張ってるママが我慢しなくちゃなんないの、おかしいよ。ママをいじめるパパなんて嫌い。見てると私、頭がおかしくなりそうだよ」

美緒が苦しげに言葉をつむぎ、実里が泣き出す。それは薫にとって、誰のどんな言葉よりも鋭く強く心に響くものだった。

自分ひとりが我慢していればいいと思っていた。そうしていれば、娘たちの幸せを守ることができると思っていた。しかし娘たちもまた、傷ついていた。父親によって理不尽に損なわれていく母を見て、その心はきっともうボロボロだった。

「ごめんねぇ、つらい思いさせて、ごめんねぇ」

薫はもう一度、2人の娘を抱きしめる。今度は美緒も実里もこばまず、細いけれどこの世界の何よりも力強い腕が薫の身体を支えてくれる。

「ママね、ちゃんと準備するから。3人で楽しく暮らせるように。だから、もうちょっとだけ頑張ってくれる?」

娘たちはうなずいてくれる。

私の幸せはちゃんとここにあるじゃないか。

薫は2人を離さぬようにきつく抱きしめながら、ある決意を心のうちで静かに固める。