資産形成の目的を問われると、多くの人が「老後の資金のため」と答えます。その資金には、医療費や介護費用も含まれるのでしょう。「老いたら、何らかの病気になり、医療のお世話になる」。漠然とそう思っている人がほとんどだからです。
447万部のベストセラー『バカの壁』(新潮新書)でも知られる養老孟司氏は病院嫌いで、「現代の医療システムに巻き込まれたくない」と、長年健康診断も受けないできたそう。
しかし、2020年には突然の体調不良から大病が発覚、東大病院に入院することに――。その経験を通じ、養老氏は医療、老い、死について、あらためて何を思ったのか。教え子であり、主治医でもある中川恵一氏との共著『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)に綴られています。その第1章を特別に公開します(全4回)。
※本稿は養老孟司、中川恵一『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。
病気はコロナだけじゃなかった
2020年2月後半、新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」や「コロナ」とも表記)の感染者が急増してから、外出できなくなってしまい、鎌倉の自宅に缶詰状態になってしまいました。取材や打ち合わせは鎌倉の家に来てもらって行うので、外出するのは自転車に乗ってタバコを買いに行くくらい。公衆衛生の観点でいうと、感染症は人にうつさないことが基本ですから、自分なりに人との接触は避けていました。
それでも感染するのは仕方のないことです。感染症は感染するかしないかのどちらかですから。感染しないつもりでいても、感染するときはします。高齢者ですから、重症化して亡くなることもあるでしょう。
同年3月26日に、この本の共著者で東京大学の後輩でもある医師の中川恵一さんと「猫的視点でがんについて考える」(『医者にがんと言われたら最初に読む本』所収)という対談を行ったときも、そんなお話しをしたのを覚えています。
ところが、病気はコロナだけではありませんでした。6月に入ってから、私自身が別の病気で倒れてしまったのです。
私はよっぽどのことがなければ、自分から病院に行くことはありません。ただ家内が心配するので、仕方なしに病院に行くことはあります。自分だけで生きているわけではないので、家族に無用な心配をかけるわけにはいきません。
ところが今回は様子がかなり違っていました。6月4日の「虫の日」に、北鎌倉の建長寺で虫塚法要を終えるまでは何でもなかったのが、10日くらいから体調が悪いと感じるようになりました。
在宅生活が続いたことによる「コロナうつ」かとも思いましたが、「身体の声」は病院に行くことを勧めているようでした。
身体の声というのは、自分の身体から発せられるメッセージのことです。例えば、昼に何か食べて、その日の夜、あるいは次の日の朝でも、「なんだか調子が悪いな」と思ったら、昼食に食べたものが悪いとわかります。このとき自分の身体は、いつもの状態と違う何かを伝えていると考えています。
家内も早く病院に行きなさいと催促しています。長年、健康診断の類いは一切受けていなかったこともあり、仕方なしに病院に行って検査してもらおうと決心したのです。
なぜ病院に行くのに決心がいるのかというと、現代の医療システムに巻き込まれたくないからです。このシステムに巻き込まれたら最後、タバコをやめなさいとか、甘いものは控えなさいとか、自分の行動が制限されてしまいます。コロナで自粛しているのに、さらなる自粛が「強制」されるようなものです。
なぜ医療システムに巻き込まれることにこれほど悩むのかについては、あとで詳しく述べますが、そのことで家内と対立するのも大人げないので、病院に行くことを決心したのです。
いったん医療システムに巻き込まれることになったら、つまり病院に行ったら、あとは「俎(まないた)の鯉」です。すべてを委ねるしかありません。それは覚悟していました。