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今回のポイント
事業承継の手法とその現状について、中小企業庁のデータをもとに解説します。事業承継の手法には、「親族内承継」「従業員承継」「M&A(社外への引継ぎ)」の3つがあります。
親が子に事業を引き継ぐ親族内承継形が最も一般的な方法ですが、経営者の高齢化や後継者不在によりその割合は減少しています。従業員承継は、従業員が経営を引き継ぐ方法ですが、株式購入や借金の連帯保証問題が障壁となり数は多くありません。一方、M&Aは近年急増している手法で、中小企業において有力な選択肢となってきています。
M&Aでは、外部の企業に株式を売却することで、後継者不在でも事業を引き継ぐことが可能です。M&Aでは売り手が雇用維持を条件として交渉することが多く、8割以上のケースで雇用が守られています。しかし、企業文化や業務ルールの違い等により、M&A後に問題が生じることもあります。近年、中小企業でも後継者不足を背景にM&Aが増加し、事業承継支援機関を通じて支援を受ける事例が増加しています。
スクリプト
前回に引き続き「データでみる事業承継」をテーマにお話しします。
前回は、経営者の高齢化や、事業承継とは何かという点について解説しました。事業承継とは、お子さんや外部の人に事業を承継させることです。廃業すると技術が失われてしまいますし、雇用も継続できなくなるため、マクロ視点で見ると好ましくありません。事業の継続には事業承継が重要であり、中小企業庁がその課題に取り組んでいる、というのが前回のお話でした。今回は、事業承継の手法について、前回と同様に中小企業庁のデータを用いて解説します。
事業承継の類型
まずは「事業承継の類型」についてお話しします。類型とは種類のことで、「親族内承継」「従業員承継」「M&A(社外への引継ぎ)」の3つがあります。
1つ目の親族内承継ですが、事業承継と言うとこの親族内承継をイメージする人が多いと思います。要するに、お子さんが事業を継ぐということです。2代目、3代目が継ぐということですね。これはとてもやりやすい事業承継の手法です。家族ですので、お子さんのことはよく分かっていますし、お子さんも親のことをよく知っています。小さい頃からどんな仕事をしているかも含めて全部知っているわけですし、会社に入ってからも長い準備期間があるため、後継者育成できるということも含めて社長にしやすいのです。
事業承継には、代表が変わることと、株を渡すという2つの側面があります。代表がお子さんに変わったとして、親から子に株も渡す必要があるということです。親なら無償で株を渡してもいいと思うかもしれません。無償で株を渡す方法としては、親が亡くなった時に渡すか、亡くなる前に渡すかの2つの方法があります。税金の問題はありますが、株を買わずに受け取ることができるので、事業承継がしやすいと言えるでしょう。
以上から、一般的には親族内承継が一番多い事業承継の手法と言えます。社長も株主も兼ねている、いわゆる「所有と経営の一体化」ができている事業承継が一番メジャーでした。しかし、前回もお話しした通り、経営者の高齢化や、子どもが継ぎたがらないという背景により、親族内承継の割合は減少してきています。
その一方で、最近非常に多くなってきたのが「M&A(社外への引継ぎ)」です。株を売るということですが、自分の会社の株を売ることはなかなかできません。なぜなら、外部の人はその会社の内容を知らないからです。外部の人に買ってもらうには、まず「デューデリジェンス」と呼ばれるチェックが必要になります。これを経て、金額の交渉を行い、最終的に買うかどうかを決定します。
このM&Aという手法が最近非常に多くなっており、経済産業省や中小企業庁もM&Aを積極的に支援しています。金融機関にもM&Aをお手伝いする部署があるかもしれませんし、おそらく馴染み深い手法になっているのではないでしょうか。
M&Aでは、企業が他の企業の株を買う場合が多いです。例えば、ある企業が別の企業を買いたいと手を挙げ、最終的に株を買うと、買われた会社は子会社になります。その後、元々の社長が辞任し、新しい社長が送り込まれるという形になるかもしれませんが、一般的には「ロックアップ」という制度を使うことが多いです。突然社長が辞めると従業員や取引先が不安になるため、社長を3年ほど続けてから交代することが多いのです。いずれにしても、社長はいつか交代することになり、親会社から役員が派遣されてテコ入れを図る、といったことがよく行われています。
金融機関にお勤めの方でしたら、企業買収に関連する融資の相談もあるのではないでしょうか。金融機関の中でも銀行の場合、いい会社を買うなら、もともと体力もあって返済できそうな会社なら、お金を貸してもいいのではないでしょうか。その買収資金を融資するというところも当然出てくると思います。金融機関は、融資やM&Aのマッチングという立場で関わっているかもしれません。
次に、会社内部の従業員に承継させる「従業員承継」についてお話しします。例えば、役員に昇進した従業員が社長として会社を引き継ぐことです。従業員は会社のことをよく理解しており、信頼されている場合も多いため、この方法が選ばれることがあります。
しかし、この方法には株をどうするかという問題があります。従業員がその株を買うことができるか、という問題です。従業員は通常、株を買うお金を持っていないでしょう。また、会社が借金をしている場合、その借金の連帯保証問題が発生することもあります。社長が変わった場合、新しい社長がその保証に入ることに抵抗を感じることが多いです。
このように、それぞれの方法には一長一短がありますが、一般的に最も多いのは親族内承継、最近台頭してきているのがM&A、そして従業員への承継という順番でしょう。いずれにしても、廃業せずに事業が続いていくことが重要なポイントです。
図1をご覧ください。経営者が引退する、つまり社長が辞める場合、「事業を継続する」に進んでほしいということになります。事業を継続させるのであれば、子どもに継がせる場合は親族内承継、子ども以外に継がせると親族外承継です。親族外承継には、従業員に承継させる場合や、外部の企業に買ってもらうM&Aもありますが、これら全てをまとめて「事業承継」と言います。なお、「M&A(社外への引継ぎ)」の中に「外部招聘」というものがありますが、こちらはプロ経営者を雇う方法です。
次に、事業を継続しない場合ですが、一番辛いのは経営資源の引き継ぎをせずに廃業することです。経営資源とは、会社が利益を生み出すための元となるもの、例えば人材、ブランド、顧客リストなどのことです。本来経営資源の引継ぎを実施した方がいいのですが、その目利きが難しいため、引き継がずに廃業する場合もあります。経営資源という観点から見ると、図1の一番下「経営資源の引継ぎせず」以外は経営資源を一部引き継ぐことができます。
このように事業承継には親族内承継、従業員承継、M&Aの3つの手法がありますが、ここからはM&Aについてご説明します。
M&Aのポイント①後継者「不在」でも「引き継げる」のはなぜ?
後継者がいない場合、引き継いでくれる人を探すことになります。買い手は、業種や場所、社員、持っているリソースなど、さまざまな要素を考慮して、その会社を買うかどうかを決定します。もちろん、買う金額も重要です。売り手は高く売りたいと思い、買い手は安く買いたいと思います。よって、双方の条件が合致しなければ、売買は成立しません。これは不動産取引と同じです。
条件がマッチすれば、買い手が金額を支払い、株式を取得します。株式を取得すると、株主総会を支配することができ、役員を選任したり、代表者を送り込んだりすることが可能になります。このように、第三者が引き継ぐことができる理由は、このような仕組みが整っているからです。
M&Aのポイント②M&A後も雇用は維持される?
M&A後に従業員の雇用が維持されるのか、これは売る側の社長にとって非常に重要な問題です。社長は、会社を経営する上で、従業員の雇用について気にかけています。なぜなら、従業員を雇うということは、その後ろにいる家族も含めて責任を持たなければならないからです。従業員を路頭に迷わせるわけにはいきませんので、社長が会社を売る時に最も心配していることは、従業員の雇用が守られるかどうかです。
では、買い手側の立場はどうでしょうか。例えば、買い手側は100人の従業員がいる会社を買いたいと思ったとき、すべての従業員を引き継ぐ必要はない場合もあります。例えば、30人はリストラしたいという条件で買うこともあります。買い手は、その条件を受け入れない限り、買わないかもしれません。
しかし、図2の通り、実際には8割以上のケースで従業員の雇用はそのまま維持されると言われています。これは、売る側が雇用維持を条件としていることが多いためです。
M&Aが成立するためには、売り手が雇用維持を条件として交渉していることが多いです。しかし、買収後、企業文化の違いやルールの変更が原因でうまくいかないケースも少なくありません。例えば、親会社のルールに従わなければならなくなると、従業員が働きづらく感じて辞めてしまうこともあります。また、不採算部門に手をつけられると、業務ルールが大きく変わることもあります。これが原因で企業文化の違いが浮き彫りになり、M&A後にうまくいかないことがあるのです。
実際、M&A後に企業シナジーを出すための活動(PMI)がうまくいかないことも多く、これがM&Aが失敗する原因の一つとなっています。したがって、売る側も買う側も、M&Aが完了した後に実現しなければならない課題があることを理解しておくべきです。
そして、金融機関としての立場では、売り手や買い手だけでなく、その後の資金回収がどのように行われるかも重要な問題です。買い手がしっかりと会社を運営して収益を上げることができなければ、融資したお金を回収するのが難しくなります。したがって、M&Aの成立後、どのように会社が運営されるかを注視する必要があります。
M&Aは一度成立したら終わりではなく、その後の運営が非常に重要です。特に中小企業は永続的に続けていくことを目指しているため、長期的な視点を持って取り組む必要があります。
M&Aのポイント③中小企業にもM&Aはできる?
これまで、M&Aは主に大企業で行われるものであり、中小企業での実施例はほとんどありませんでした。昔は「M&Aは大企業だけのもの」という考え方が主流で、例えば銀行の再編や大企業同士の合併などが行われていました。しかし、中小企業はそのような手法を取ることなく、主に事業承継を通じて親族に継がせていたのです。
しかし、近年、少子高齢化が進む中で後継者不足が問題となり、中小企業でもM&Aを選択肢として考えるようになりました。このため、中小企業におけるM&Aが急速に増加しています。
実際、国内の中小企業M&Aは増加しており、例えば「事業承継・引き継ぎ支援センター」が中小企業庁の管轄で支援を行っており、こうした機関を通じて支援を受けることができます。図3の通り、2022年のデータでは、事業承継・引き継ぎ支援センターが1681件、民間のM&A支援機関が4036件となっており、いずれも増加傾向にあります。
これらの数字は、2014年と2022年の比較で大きな差があることが分かります。事業承継・引き継ぎ支援センターでは15倍以上、民間のM&A支援機関では20倍近くに増加しています。この急激な増加は、M&A市場が大きく拡大したことを示しています。
このM&A拡大の背景には、親族内承継が進んでいないことや、廃業が増えているという課題があります。これまで事業承継の手法は親族内承継が主流だったところ、近年ではM&Aが選択肢として登場してきているということを数字として確認でき、どのような課題があるかご理解いただけるといいのではないかと思います。
今回は、中小企業庁のデータをもとに、事業承継の現状や手法についてお話ししました。次回以降も事業承継全般について解説します。