新NISAで投資信託を購入するなら――そんなとき、まず多くの人が思い浮かべるのが、“オルカン”こと「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」や「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」をはじめとする「eMAXIS Slim」シリーズだろう。実際に資金流入は圧倒的といえる状況である※1。また、純資産総額で見てもオール・カントリーは約4.6兆円、S&P500は約5.7兆円(2024年11月7日時点)と国内随一の規模を誇る。
「国民的投資信託」の筆頭に挙げられるこの巨大ファンドの生みの親でもあり、育ての親でもある、三菱UFJアセットマネジメントの常務取締役 代田秀雄氏に、個人投資家に支持される理由や今後の展望について聞いた。
※1 2024年(1~6月)の期間において、「eMAXIS Slimシリーズ」には2兆6988億円の資金流入があった。同期間、業界全体では6兆6124億円(投資信託協会の「公募投資信託の資産増減状況 株式投信(除ETF)より、「資金増減額-収益分配額」で計算した金額)の流入のため、「eMAXIS Slimシリーズ」のシェアが41%を占めている。
●新NISA開始後、2024年1~6月の資金流入における「eMAXIS Slimシリーズ」のシェア
※三菱UFJアセットマネジメントのプレスリリースと、投資信託協会のデータを基に編集部作成
「eMAXISシリーズ」はアクティブファンドが主流の状況への違和感から生まれた
――「eMAXISシリーズ」は2009年、「eMAXIS Slimシリーズ」は2017年にスタートしました。それぞれが設定された背景についてお聞かせください。
私がこのビジネスに携わるようになったのは2008年ですが、当時、国内で売れている投資信託はアクティブが90%超を占めていました。まず、それに大きな違和感を覚えました。というのも、それまで私は信託銀行で年金運用を担当しており、法人投資家の基本的なポートフォリオは、“パッシブ・コア&アクティブ・サテライト”が主流でした。つまり、ポートフォリオのコア部分はコストの安いインデックスで固めて、残った資金でコストの高いアクティブでリスクを取りにいくというものでした。専任の運用担当者がいる機関投資家がそうなのに、個人投資家がインデックスを選ばない理由とは何なのか、インデックスはもっと普及する余地があるのではと感じました。
また、当時は、分配金の利回りが高いファンドが売れる状況が続いていたのですが、むしろ分配を抑制した方が中長期で見て投資家の資産形成には有利なのは明らかで、分配を出さず、複利的な効果が期待できるインデックス型のファンドを打ち出そうとしたのです。
代田 秀雄(しろた・ひでお) 1985年三菱信託銀行(現、三菱UFJ信託銀行)入社。1996年以降年金資金や投資信託の運用業務に従事。2015年三菱UFJ国際投信(現、三菱UFJアセットマネジメント)取締役、2018年常務執行役員、2019年より現職。
――インデックス投信に「eMAXIS」というブランドネームを冠して、さまざまなラインアップをシリーズ展開するという意図はどういうものだったのですか。
当初から、商品のブランディングは強く意識していました。多くの個人投資家は、自分の買ったファンドについて、どこの証券会社や銀行で購入したかは覚えてはいるものの、その商品の運用を担う会社やファンドの名前は覚えていない状況でした。そこで、運用会社といえども、プロダクトを徹底的に磨き、ブランドとして確立させていかないと、投資家から選ばれないと思ったのです。そして、ブランドとして確立させるために、分かりやすく低コストにこだわろうと。それが「eMAXISシリーズ」だったのです。
――「eMAXISシリーズ」のヒット後、さらに「eMAXIS Slimシリーズ」を出したのはどういう背景ですか。
類似ファンドが増えてきて、信託報酬の引下げ競争が起こりました。これは海外のマーケットでも起きていたことで、私たちは日本でもコスト競争が起きることを早い段階で予見し、コスト競争に耐えられるファンドの仕組みで設計したのが「eMAXIS Slimシリーズ」(以下、「Slim」)だったのです。
――「業界最低水準の運用コストを、将来にわたってめざし続ける」というメッセージはブランドサイトでも発信されていますね。その通り、何度も信託報酬の引下げを実施したことにも驚きました。
「Slim」を出すときに、改めて、徹底的に低コストにこだわろうと。私たちは、長期投資の推奨を掲げています。20年、30年、40年と持ち続けてもらいたいと思っているわけです。となると、今、コストが最安であるだけでなく、20年後、30年後も最安でなくてはならない。将来にわたって業界最低水準の運用コストを目指すので、安心して投資してください――そういうメッセージを「Slim」では打ち出したかったのです。
金融商品では異例。対話による“ファンづくり”
――実際に、競合商品となる低コストのインデックスファンドが数多く登場しました。その中で、「Slim」が他を寄せ付けず、売れ続けているのはなぜだと見ていますか。
その要因は主に3つあると思っています。1つめは「商品性」。将来にわたって業界最低水準の運用コストを目指すというメッセージは、やはり、強い訴求力がありました。
2つめは「マーケティング」。「eMAXISシリーズ」誕生当時、ほとんどの投信の売れ行きは、なるべく多くの販売会社に採用され、しっかりとセールスされるかどうかにかかっていました。その状況を変えるには、投資家に私たちの商品のファンになってもらい、指名買いをしてもらうことだと考えました。まず取り組んだのは、ブログで金融商品や投資の情報発信をしているブロガーの方々との「ブロガーミーティング」です。投資家代表としてブロガーの方々に、ファンドのコンセプトなどを直接伝えて、対話を重ねていくことで、eMAXISブランドのファンを増やすことを考えました。おかげさまで好評を頂き、2021年からは、もっと幅広くいろんな方々に参加してもらおうと、「ファンミーティング」を別途立ち上げています。
そして、3つめは「運用力」です。ファンドの規模が大きくなるにつれて、インデックス運用に長けた優秀なファンドマネジャーが当社に集まってきました。インデックスファンドの運用で重要なことは、キャッシュフローのコントロールです。「Slim」シリーズは約5000億円のキャッシュが毎月入ってきています。インデックスファンドは、指数と同じウェイトで構成銘柄を買い付けてポートフォリオを構築する完全法での運用が望ましいわけですが、海外株のファンドに関しては、日々のキャッシュフローのコストを抑えられる最適化法※2でコントロールしつつ完全法のポートフォリオに持っていくという複雑なオペレーションを行い、取引コストを極限まで減らす努力をしています。加えて、人工知能(AI)の機械学習で日々のキャッシュフローを予測し、運用の精度を高めています。
商品性、お客様との関わり、そして運用力、これらが機能してここまでご支持いただいているのかなと分析しています。
※2 最適化法とは、インデックス構成銘柄の一部を抽出して、ベンチマークに連動したパフォーマンスを目指す運用手法。
NISAの潜在顧客2000万人を取り込む戦略とは
――新NISAは2年目を迎えます。今後の展望をお聞かせください。
まず、「Slim」のコンセプトは普遍的なものだと考えており、今の戦略を愚直に続けていくというのが基本です。
ただ、中長期的な視点に立つと、別の戦略が必要だと考えています。NISAの口座数は、今年6月時点で約2400万件でした。私たちは、2030年頃には4000万件程度になると予想しています。イギリスのISA(個人貯蓄口座)※3は国民の4割に浸透しているので、日本でも4割まで拡大すると、控えめに見積もっても4000万人くらいになるというのが仮説です。とすると、今後さらに2000万人くらいがNISAを始める可能性があります。そして、私はこれからNISAを始める方というのは、すでにNISAを利用している投資家層とは違ってくると考えています。
※3 日本のNISA制度のモデルにもなっている、イギリスの少額投資非課税制度。
――どのような違いがあるのでしょうか。
現在NISAを使っている約2000万人の方々は、自発的にコストなどの商品性を比較して、商品を理解した上で買っている人たちが多数でした。一方、これから始める人は、「NISAという商品に投資する」というような、ライトユーザー層が多くなってくるのではないでしょうか。
そういう投資家の方に、はたしてオール・カントリーやS&P500はこれまでと同等の競争力を保てるのか、という疑問が出てくると思います。その問題への対応の1つが、9月に新規設定したPayPay証券とのコラボ商品であり、PayPay証券専売である「eMAXIS/PayPay証券 全世界バランス」です。この1本でリスクを抑えながら、適切な分散投資ができるバランスファンドで、これからNISAを始める人がファンド選びで悩まないようにすることを狙った、「Slim」の“戦略的補完”といえる商品です。
――2009年からの歴史においても、ブランドコラボは初でしたね。今後、こうした新しいコラボ商品が提供される可能性はあるのでしょうか。
はい。いま考えているのは、中身は同じファンドであっても、販売会社ごとにファンドの「愛称」を変えていくというものです。販売会社には、それぞれのプロダクトのラインアップがあります。各社のラインアップのコンセプトに合うような愛称をファンドに付けることができれば、より親しみやすくなると思っています。
これからの2000万人の方々は、ネットでの情報提供やキャンペーンだけでは、なかなか動いてはくれないでしょう。その層を動かすには、オンラインだけではないマルチな戦略が不可欠であり、対面チャネルも含めた販売会社の方々との連携も非常に重要になります。実現にはいろいろな調整が必要になりますが、販売会社ごとに、扱いやすいように愛称を変えてもらって、2000万人を動かす第一歩にしたいですね。