「顧客本位の業務運営」が注目される金融業界では、その実現に向けて各行・各社がさまざまな取り組みを行っています。茨城県に基盤を持つ常陽銀行ではそのための取り組みの一環として、顧客・行員向けにゴールベースアプローチの重要性を示し、さらには地域の金融リテラシー向上のために、全国でも珍しい教育委員会と連携した新たな金融教育の一歩を踏み出しました。どのような過程を経て、実現に至ったのか。営業企画部 副部長 兼 資産運用推進室長の砂押 宏冶氏、営業企画部 資産運用推進室 次長 中島 佑樹氏、営業企画部 主任調査役 鈴木 里美氏に聞きました。
対顧客、対行員向けそれぞれに、分かりやすさを重視した「顧客本位の業務運営」のツールや評価体制を整備
――資産運用への注目度が上がり、「顧客本位の業務運営」が重視される今、ゴールベースアプローチへの重要性がますます高まっています。常陽銀行では行内外に向けて、どのように周知しているのでしょうか。
砂押 金融業界内では当然のこととなっている「顧客本位の業務運営」ですが、お客さまはそこまでご存知ないことも多いです。ただ、ご自身の資産を預けている金融機関がどういった姿勢で自分たちに対応しているのか、ということはお客さまとしても知っておきたいことだと思います。
常陽銀行では、手元に置いていただけるサイズの「お客さま本位宣言カード」を用意し、一目で当行の基本方針・姿勢を示せるようにしています。「誠意を持って皆さまにご提案・ご対応します」ということの宣言ですね。これを提示することで、「自分が取引している銀行はしっかり取り組んでいるんだな」ということを知っていただけますし、もしこれ以上の内容に興味を持っていただけるならば、裏面の二次元コードや紙の資料でご案内しています。「行員がご家族のことを伺うのは、お客さまにとって最適なご提案のため」ということが説明された資料を用意することで、営業現場での説明のしやすさにもつながっています。
中島 行員に対しては、勉強会を充実させています。2024年度上期には、「お客さま本位の勉強会」を6回、「ゴールベースアプローチ勉強会」を7回、「ゴールベースアプローチTV勉強会」を1回実施しました。基本的には預り資産担当者向けですが、管理する上席者にも聞いてもらっています。預り資産担当者に限れば、100%の受講率です。基本的な考え方については、全行員が動画を視聴していますし、理解度を確認するテストも実施しています。
――行員の皆さんの理解度は深まっていると。
中島 そうですね。理解していないとお客さまに説明できないと考えています。「ニーズがあるから販売するのではなく、お客さまのゴールをきちんと確認した上で、最適な商品をご案内する」ということをしっかり伝え、実践に移せるよう浸透させていっているところです。
これは当行に限った話ではないと思いますが、以前の金融機関では「新商品が出ました、お客さまにご案内しましょう」というプロダクトセールスが主体でした。しかしながら、勉強会などを通してお客さま本位の考え方を丁寧に行員に伝えることで、提案方法も変化してきていると感じています。考課においても、ゴールベースアプローチ項目を設け、「深掘り項目(収入・支出・家族等)」や「ゴール特定」に関するヒアリングを評価したことで、行員の意識も変化してきていると思います。
自らの働き掛けで実現、教育×金融の垣根を超えた「金融教育システム」
――既存顧客に対する「お客さま本位の業務運営」に加え、今重要視されている分野に「金融リテラシーの向上」があります。常陽銀行では、今年7月29日に「茨城県教育委員会と県内5金融機関による金融教育にかかる包括連携協定」を締結し、新たな金融教育の一歩を踏み出されました。締結に至るまでのきっかけや背景について伺えますか。
鈴木 当行では、2022年3月の新学習指導要領の改訂に合わせて、金融教育に関する高校生のための動画コンテンツを作成し、ホームページで公開してきました。さらに、2024年1月に、地域の皆さまの金融リテラシー向上に関する取り組み強化のため、金融教育専担者を2名配置しました。その上で、地元である茨城県内の、特に高校生への取り組みを加速させる必要があると判断し、そのためには常陽銀行単独ではなく県内の5つの金融機関が一体となって取り組むことが効果的であると考えたのです。高校への取り組みの実現性を高めるためには県の教育委員会との連携が必須と考えた結果、当行から県にお声掛けし、実現に至りました。
――連携に至るきっかけは、常陽銀行からの働き掛けにあったのですね。
鈴木 はい。前述の通り、すでに2年前から動画コンテンツ「高校生のための金融教室」を公開していまして、もちろん当行ホームページからもアクセスできるのですが、県の教育委員会にもリンクを貼っていただいていたんです。学校の授業で活用いただければ…という意図もありました。そのため、すでに2年前には教育委員会の皆さまとの関係がある程度できていたことも大きかったと思います。
包括連携協定締結前の提案の時点で、県立高校での授業もいくつか行った実績もありました。
営業企画部 主任調査役 鈴木 里美氏
――実際に、締結に向けて動き出したのはいつからなのでしょうか。
鈴木 5月に入ってから、当行から県に提案を行いました。県側からは、これまでの取り組みを評価した上で「常陽銀行が県内の金融機関をまとめてくれるなら」ということで、ご了承をいただきました。
中島 県としては金融教育の取り組みを強化したい、当行としては県内の金融教育の取り組みを活性化させたいというニーズが合致した結果と言えると思います。ただ、単独の金融機関とだけやっていくのは、行政側としては難しい中、当行が県内金融機関を取りまとめる形での提案をしたことで、速やかに進行することができたと思っています。
砂押 教育委員会と連携することで、高校側にもスムーズに受け入れてもらうことができました。行政側に各金融機関が担当する学校を決めてもらい、それを県立高校・金融機関に周知してもらうことで、高校側も特定の金融機関との関係に悩むことなくシンプルに受け止めてもらうことができたと思います。
――わずか2カ月強で協定実現に至ったわけですが、共に連携することになった筑波銀行、水戸信用金庫、結城信用金庫、茨城県信用組合の反応はいかがでしたか。
鈴木 当行から提案したのですが、どこの金融機関ともスムーズに話が進みました。皆さん「金融教育に取り組みたい」という思いはありつつも、スキームやリソースなどを考えるとなかなか踏み出せていない状況だったのではないでしょうか。
ツールについても、5金融機関が所有していたものをすべてオープンにして、活用していこうということで、お話したその日のうちにほぼ提案内容を了承いただくことができました。
中島 金融教育については、儲けや商売につなげるということではなく、子どもたちの金融リテラシーを高める活動として考えています。これまでもそういった活動は行っていましたが、学習指導要領の改訂で高校生に向けての活動にも目を向けることになり、それならば県内金融機関で協力してツールやコンテンツを提供した方が良いということになりました。教育機関への提供は、今までもこれからも無償でと考えています。
銀行は民間企業ではありますが、公的な役割を担っている側面もあります。子どもたちにも、「自分たちにとって身近な常陽銀行の人が金融教育をしてくれる」ということを知ってもらうことで、地域金融機関としての役目を果たすことにもつながるのかな、と思います。
――具体的に、高校生への金融教育は、どのようなコンテンツを活用してどのように提供していくのですか?
中島 学校側のニーズや要望もあるのですが、高校生ということで、「消費者教育」の側面もお伝えしています。昨今ニュースにもなっていますが、いわゆる闇バイトなどの金融犯罪や多重債務などに対する不安が、教育現場にはあると思うからです。そして、将来に向けて夢を持ってやっていくための資産運用や資産形成などを説明していきます。
ただ、学校によって求める内容には違いがあります。例えば、高校卒業後に就職する生徒が多い場合はライフプランについてどう考えるか?ということが必要ですが、進学する生徒が多い場合は金融トラブルなどの知識を求められることもあります。
また、担当する先生方の考え方によっても違う気がしています。実際、この1月からNISAを始めたという先生などには、資産形成の話を今のうちから生徒に聞かせたい、という方もいらっしゃいます。
鈴木 コンテンツについては、先ほども申し上げた通り、各金融機関が所有しているものをオープンにして使用しています。ただ、当行は多少なりとも実績を積んでおりますので、常陽銀行で作成したものを他金融機関が使用するケースもあります。大切なのは、どの金融機関が担当しても同レベルの教育を提供できることです。担当する金融機関によって、子どもたちの学ぶ内容に格差があってはいけませんからね。
――今後、県立高校への金融講座を実施されると伺いました。学校側・先生方の反応はいかがでしょうか?
鈴木 今回の取り組みについては県から各高校へ通知していただいていますが、多くの高校から問い合わせや申し込みを受けています。講座の日程が確定しているものとして、来年2月までの実施予定が10校あります。
先生方の金融教育に関する興味や関心、知識も以前に比べて格段に上がってきていると感じています。高校での金融教育は家庭科や公民科などで行われますが、すでにライフプランや収支、給料や税金の話までカリキュラムに含まれているんですよね。先生方はもともと金融教育の素地を持っていらっしゃるわけです。そこに22年度から追加されたのが金融商品なのですが、どうしても資産運用などについては経験がなかったり知らないことも多い分野です。ただ、先生方も使命感を持ってやっていらっしゃるので、資産運用に関する知識のレベルはどんどん上がってきているなと感じています。金融商品への関心も高まっていると思いますね。
――金融機関以外に、外部機関との連携などの予定はありますか?
鈴木 高校生向けの講義をするための勉強会として、J-FLECに講師派遣を依頼し、10月に実施しました。当行を含めた5金融機関が実際にJ-FLECの講師に講義を受け、自身が行う講義の参考としていこうという取り組みです。
他にも、小・中学生向けのコンテンツに関しては、J-FLECが公表しているものを使用できないか検討中です。子どもたちにも理解できるように、年代別など細かく作られているので、かなり見やすい資料だと思います。
――最後に、茨城県の基幹企業として、今後の展望をお伺いできますか。
砂押 お客さまに伴走してお客さまの資産成長を見届ける…という「お客さま本位の業務」を今後一層明確にしていく必要があると思っています。金融商品を売る「物売り」ではなく、地域のお客さまの資産を成長させることが、地域金融機関として何より大切な取り組みだと考えています。
――地域に根付く地域金融機関として、地域のお客さまの資産を守り、成長させることが使命ということですね。その一環としての金融教育、地域全体の金融リテラシー向上にも尽力される常陽銀行の取り組みは、今後も注目させていただきます。ありがとうございました。
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