猫を助けたい慶子と住民が対立
いつもの空き地で猫たちに餌をあげていると、背後から声をかけられた。
「おい、そこで何やってる」
振り返ると、近所に住む初老の男性・小菅さんが険しい顔で立っていた。顔を合わせれば挨拶する程度の付き合いで、こうして話すのは初めてだった。
「えっと、猫たちにご飯をあげているんですけど……」
「そんなことは見れば分かる。餌やりをやめてほしいって言ってるんだ」
突然の要求に、慶子は戸惑った。足元ではチャチャがフードを食べ、少し離れた場所にはクロやミケもいる。
「どうしてですか? 何かご迷惑でも……」
「迷惑どころじゃないよ。うちの庭に猫が入り込んで、あちこちに糞や小便をしていくんだ。掃除しても、また汚される。最近はこの辺りの猫も増えたし、あんたが餌をやってるせいじゃないのか?」
慶子は驚いた。猫たちが近所の庭へ入る姿は見かけていたが、そんな被害が出ているとは思わなかった。
「野良猫ですし、お庭に入っているのは見たことがあります。でも、そんなことになっているとは知らなくて……」
「知らなかったで済む話か? 餌で集めておいて、あとは知らん顔なんて無責任だろう」
慶子が何か言おうとすると、小菅さんは鼻で笑った。
「どうせ、自分ではいいことをしてるつもりなんだろう? 自分が満足できれば、近所がどうなっても構わないってわけか」
その言葉に、慶子も腹が立った。
「そんな言い方をしなくてもいいでしょう。私はただ、お腹を空かせた猫たちが可哀想で……」
「かわいそうなら自分の家で飼えばいいだろ! こっちは毎日迷惑してるんだよ!」
小菅さんの声が一段と大きくなった。確かに庭を汚されるのは困るだろう。しかし、事情も聞かずに責め立てられては、慶子も引き下がれなかった。
「猫たちだって生きているんですよ。助けてあげて何が悪いんですか?」
「もういい! 話にならない! とにかく、ここで餌をやるのはやめてくれ!」
小菅さんはそう言い残し、足早に立ち去った。慶子はしばらくその場に立ち尽くしていた。
帰宅後、フードの袋を棚にしまい、使った容器を洗いながらも、先ほどの口論が頭から離れなかった。
「迷惑……」
翌日、慶子は散歩の支度をしながら、フードの袋を見つめた。また小菅さんに怒鳴られるかもしれない。迷った末、何も持たずに家を出た。いつもの空き地に近づくと、チャチャが茂みから飛び出してきた。続いてミケも現れ、慶子の足元で鳴き始める。
「ごめんね。今日は何も持ってきていないのよ」
チャチャは何度も体をすり寄せ、慶子の顔を見上げた。ミケもそばを離れようとしない。
この子たちは何も悪くない。自分が餌をあげなくなったら、またお腹を空かせてしまう。
「……やっぱり、放っておけないわ」
慶子は急いで自宅へ戻り、フードを持って引き返した。餌を容器に入れながら、何度か周囲を見回す。小菅さんの姿は見えなかった。猫たちが夢中で食べる様子に、慶子はようやく表情を緩めた。
●夫を亡くして1人で暮らす慶子は、散歩中に出会った野良猫への餌やりが毎日の生きがいになっていた。近隣男性から「餌やりをやめてほしい」と厳しく責められた慶子だったが、猫たちを放っておけず翌日もフードを持って空き地へ戻ってしまう…… 後編【「猫を助けているだけなのに」餌やりで近隣と対立した70代女性…善意の先で知った重い責任とは】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
