下戸の穂香を悩ませる接客

一方、日本酒については知らないことばかりだった。もともと下戸なので、銘柄ごとの味の違いも分からない。午後には店頭で常連客からおすすめの酒を尋ねられ、返答に困ってしまった。すると月江がさっと隣に来て、客の好みに合う銘柄を紹介してくれた。

「ありがとうございます。お酒についても勉強しないといけませんね」

「商品の資料もあるから、あとで渡すわね」

「ありがとうございます」

夜、入浴を終えた穂香が寝室に入ると、布団にうつ伏せで身を投げ出す雄一の姿が目に入った。

「雄一、大丈夫?」

「大丈夫……と言いたいけど、15年ぶりの肉体労働はきついわ」

「湿布貼る?」

「いや、もう貼った。穂香は平気?」

「身体は平気。でも、覚えることが多くて……」

そう言って穂香は月江から受け取った商品資料を開き、初めて知る銘柄に付箋を貼った。開け放した窓から涼しい風が入り、ページをめくっていった。

 

   ◇

 

夏の終わりを迎えるころ、穂香は酒蔵の事務仕事を一通り任されるようになっていた。最初は月江と一緒に確認していた注文や出荷の管理も、今では基本的に1人で進めている。頼りにされるのは嬉しく、穂香も早く認められようと張り切っていた。しかし、秋の仕込みが近づくにつれて、酒蔵は忙しさを増していった。

「穂香さん、悪いけど店頭お願いできる? ちょっと手が離せなくて」

「はい、分かりました」

穂香は作成途中の伝票を置き、販売スペースへ向かった。

「いらっしゃいませ」

「ああ……どうも。知り合いへの土産用にいくつか見繕ってほしくてね」

客から酒の味について尋ねられたときは、暗記した商品説明を頼りに対応する。下戸の穂香には味の違いが分からず、資料を何度も読み込んで覚えるしかなかった。

さらに、近所の人が訪ねてくると世間話に付き合い、休日には地域の集まりへ顔を出すこともあった。相手を無下にできない穂香は、毎回丁寧に応対していた。

自宅では、気づけば掃除や片付けをしてしまう自分がいる。

「穂香、そこまでやらなくても大丈夫だよ。それに今日は当番じゃないでしょ」

夜、一心不乱に洗面所を磨いていると、雄一が声をかけてきた。

「もう少しで終わるから。汚れが残ってると気になって眠れないの」