妻の涙の訴えで目が覚める
1カ月後。僕は真由美の実家で、彼女と両親を前に頭を下げていた。
「NISAの枠を強引に埋めるのをやめた。積立額も、無理のない範囲まで減らしたよ」
僕は、解約して現金化した口座の残高を見せた。
「NISA自体は、うまく付き合えば良い仕組みなんだ。でも、それは『生活を壊さない余剰資金』でやるからこそ価値がある。僕はその『余剰』の定義を間違えて、君たちの生活まで削ってしまった。本当に申し訳なかった」
真由美は、僕の差し出した通帳をチラリとも見ず、僕の顔をじっと見た。
「……将来が不安なのは私も一緒だよ。でもね、私はNISAの数字を増やすためじゃなくて、娘に可愛い服を買ったり、家族で300円のアイスを食べたりして笑いたいだけなの」
彼女の目から一粒の涙がこぼれた。
「最短ルート」を捨てて得られた目の前の幸せ
現在、僕は年間360万円の枠を埋めるのをやめた。毎月の積み立ては、生活に一切の影響を与えない額に留めている。
資産の増え方は、笑えるほど遅くなった。同僚が「最短5年で枠を埋め切った」と誇らしげに話すのを聞くと、少しだけ心がざわつくこともある。
けれど、家に帰れば、真由美が作った色鮮やかなサラダが食卓に並び、娘が学校であったことを楽しそうに話してくれる。
将来の不安に怯えて「今」を犠牲にするのは、本当の意味での資産形成ではない。
大切なのは「いくら持っているか」ではなく、「いくらあれば笑って暮らせるか」のバランスだったのだ。僕たちは「NISA貧乏」という呪縛から解放され、ようやく、人間らしい呼吸を取り戻した。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
