昼休みが近づいたオフィスには、キーボードを打つ音と、複合機の低い駆動音が絶え間なく重なっていた。早和子は自席で請求書の文字をひたすら目で追っていた。金額、納期、担当者名。画面の中の無機質な情報だけを見ていれば、余計なことを考えずに済む。

「水谷さん、この発送分、今日で大丈夫でしたっけ」

「うん。15時までに出せば間に合うよ」

短いやり取りを終えると、早和子はまた視線をモニターに戻した。

今の会社は平和だ。どれだけ忙しくても理不尽に怒鳴りつける人はいない。それでも誰かが受話器を乱暴に置いただけで、身体がこわばってしまう。いまだに昔のトラウマが抜けきれていないのだと思う。

「さっちゃん大丈夫? 寒い?」

隣の席の同僚が、資料の山からひょっこり顔を出した。

「ううん、平気。ちょっと音にびっくりしただけ」

「あー、主任がさつだもんねー。エンターキーも、めっちゃ勢いよく押すんだよ、あの人」

「しーっ、聞こえちゃうよ」

夢だったアニメーターへの道

絵を描くのが好きだった早和子は、ずっとアニメーターになりたかった。大学を出て制作会社に入ったときは、ようやく夢が叶うのだと思った。

しかし、現実は思っていたものとは違った。仕事を覚える前から怒鳴られ、遅い、使えない、代わりはいくらでもいると言われ続けた。職場に向かうだけで息が詰まるようになり、結局、30になる前にパワハラが原因で辞めた。

それ以来、大好きだったアニメもほとんど見ていない。楽しい気持ちより先に、あのころの苦しさが戻ってきてしまうからだ。

「お疲れさまでした」

帰宅してコンビニのおにぎりを食べながら、早和子はスマホを開いた。家でテレビを見る習慣もなくなって久しい。

代わりに眺めるのはSNSだ。ニュース、流行、知らない誰かの愚痴、短い動画。深く考えなくていいものを流し見していると、時間だけが勝手に過ぎていく。

「ほんと、バカバカしい」

こんなもので何万回も再生されるのかと呆れていたとき、生成AIで短い動画が作れるという広告が目に入った。