<前編のあらすじ>

母が亡くなって以来、父・一男との不和から一度も実家に帰省しなかった瑠美は、父の病院からすい臓癌の知らせを受けて15年ぶりに再会する。

入院を勧め、費用面の心配は不要と伝えるが、一男は「母さんとの思い出があるこの家で最期を迎えたい」とまったく聞き入れない。ギャンブルで借金を作り母を苦しめた過去を持つ父への怒りが爆発し、2人の口論は激化した。

平行線のまま議論を終えた瑠美は「金輪際、私の人生に関わらないでね」と言い残し、縁を切ることを心に決め、最後に実家の掃除を始めた。

●前編【「金輪際、私の人生に関わらないで」ギャンブル依存の父が末期癌に…15年絶縁した娘が下した冷酷な決断

鏡台が揺さぶった娘の心

瑠美はさっそく掃除に取りかかり、リビングのゴミを全て袋に入れていく。一男は掃除をし出した瑠美に何も言葉をかけてこなかった。

リビングと寝室しかない間取りだった。幼い頃はもっと大きな家に住みたいと思っていたが今日ばかりは早く掃除が済むから良かったと思った。

寝室には小さなせんべい布団が置かれていて、さらに部屋の隅には母がよく使っていた木製の鏡台が15年前と同じまま置いてある。

瑠美が物心がついたときから母はそこで化粧をしていた。こういうものは古くなっても使い続けられるのだろう。明らかに古いものだったが、まだ十分に使えそうな状態だった。

懐かしさとともに鏡台を眺めていると、取っ手だけが真新しいことが目に留まる。

瑠美の脳裏に、小さい頃家のなかでボール遊びをしていたときにボールをぶつけてしまって取っ手が壊れ、そのまま開かなくなってしまったときの記憶がよみがえった。

試しに引き出しを開けてみると、スムーズに開いた。中には母が使っていたと思われる化粧道具が残されていた。

母に大工仕事ができるとは思えないから、きっと一男が修理をしたのだろう。

手先が器用なことだけが一男の長所だった。

鏡台だけではない。蛍光灯の交換やゆるくなった配水管の修理、壊れてしまった瑠美のおもちゃや台所の調理器具、ほつれてしまった母のエプロンに至るまで、一男は何でも直すことができた。

瑠美はリビングで座っている一男を見やった。体が痛むのか表情は険しく頼りない。

一男は最低の父親だ。それは間違いのないことだ。あの男が作った借金や、何をやっても長続きしない性分のせいで、瑠美や母がどれだけの迷惑を被ったことか。

瑠美はそうやってこれまで怒りと恨みばかりを一男に抱いてきた。けれどそれはひょっとすると、一男の一側面でしかないのかもしれない。一男がどれだけ役立たずで、迷惑をかける人間でも、母は決して一男を見切らなかった。