義妹の家に行くと
築年数の古いマンションの3階。そこが侑里の今の家らしい。
あれだけ全身をブランドものに身を包んでいたから少し拍子抜けした伊織だったが、近くのパーキングエリアに車を停めて階段を上がり、玄関のインターホンを鳴らす。佑次と並んでしばらく待っていると、玄関の扉が無警戒に開いた。
「え」
すっぴんにジャージ姿の侑里が目を丸くする。きっと通販か何かの配達員だと思ったのだろう。伊織はすかさず扉を掴み、半開きの玄関扉を開いた。
「侑里さん。ちょっとお話があるの」
「いやいや、いきなり来て何なのよ。アポってものが社会人の常識でしょ?」
声を荒げる侑里だったが、佑次が説得して家にあがる。家のなかは雑然としていて、あちこちに通販サイトの空き段ボールやブランドのショッパーが転がっている。椅子の背もたれやカーテンレールには洋服が無造作に引っかけてある。伊織は部屋のなかをぐるりと見回した。
「機材は?」
「は? ほんと何なの。急に押しかけてきて」
「まあ、いいから座って」
佑次が侑里をなだめて座るように促す。声はいつも通り穏やかだが、表情は険しく、覚悟を持ってここにやってきたことが伊織からも伺える。
「この前、50万貸しただろ? そのお金、とりあえず今残ってる分だけでいいから返
してほしいんだ」
しかし侑里は佑次の要求を鼻で笑う。
「いやいやいや、おかしいでしょう。なんで貸しておいてそんなすぐに返せとか言うのよ? 何かそれって悪質じゃないかしら?」
「ごめん。でも、うちだっていろいろとお金は必要だし、安易にお金を貸すのも間違ってたって気づいたというか、侑里自身のためにならないだろ。だから取りあえず今ある分だけでいいから返してくれ」
侑里は伊織をにらみつける。
「ねえ、あんたが余計なことを言ったんでしょ? なんで私たち兄妹の中を悪くするような事を言うわけ?」
「そんなつもりないわよ。うちもお金が必要なの。侑里さんみたいにブランド品を買い集めるような余裕もないし。ですのでお金は返して下さい」
伊織が毅然と言うと、侑里は露骨な舌打ちをする。眉間には深いしわが刻まれている。
「あーはいはい、返すわよ。って言いたいとこだけど、もう全部使っちゃったから今は1円も返せないわ」
「お前、50万もそんなにすぐ何に使ったんだよ」
佑次が口調を強めた。もうついこの前までの優しさも温情も、佑次にはなかった。
「だから、ビジネスよ。ビジネス。何度も言ってるでしょ?」
「そうやって、父さんたちのことも騙したのか?」
「は、何のこと?」
「聞いたんだよ。2人のところにもお金の無心をしにいったんだろ。母さんが言ってたよ。つい先月、友達が結婚詐欺にあって大変だって言うから、お前に100万貸したって。ビジネスだなんだっていうのも、全部嘘なんだろう?」
侑里は黙り込んだ。しかし伊織たちは2人を許すつもりも、言い逃れさせるつもりもない。いや、むしろ不利になって黙り込んだその態度こそ、すべての答えなのかもしれない。
とはいえ佑次の横顔は悲しそうでもあった。だが、黙ったままうつむいている侑里の口からたとえどんな言い訳が出たとしても、佑次の悲しみを癒す薬にはなりえないのだろう。
「侑里さん、あなたが詐欺師じゃないの」
「まさか家族を騙すなんて、そんなことするとは思わなかったよ」