歳を取ってから生まれた子供はかわいいというけれど、一美にとってその子もまた、かけがえのない宝物だ。一重のつぶらな瞳。短くカールしたまつ毛。つやつやした小さな鼻。集中するとぽかんと開いてしまう小さな口。そのすべてが愛おしい。一美は、画用紙にカラフルな絵を描いている美織を見つめながら、しみじみとそう感じていた。
「上手だねぇ、美織。何描いてるの?」
一美の夫である康が画用紙をのぞき込む。
「みおちゃん、あれ描いてるんだよ」
小さな人差し指の先にあったのは、リビングに飾られたバラのアートフラワーだった。
「全部描けたらお父さんにあげるね」
「みおちゃんが描いてくれる絵、お父さん嬉しいなー」
康が目尻を下げて言った。リビングに差し込む光の筋が夕暮れ時を知らせている。大好きなものしかないこの部屋を眺めながら、一美は幸せとはこういうものなのだと噛みしめていた。
だが同時に、どういうわけかこんなときに訪れる一抹の不安も、一美は見過ごすことができず鼓動が少し早まる。それは一美にとって、「幸せな家庭」というものをこの歳まで知らずに過ごしてきた副作用のようなものかもしれなかった。
二人が出会ったのは、一美が32歳、康が36歳のときだった。それから6年のあいだに美織が誕生し、今年で4歳になった。本当にあっという間だったし、一美の人生でもっとも充足感を抱いた日々だと言っても過言ではなかった。
「この幸せを絶対に守らなくてはならない」
一美のそんな思いは、時折脅迫めいて一美の心を急き立てるのだった。