3月14日に予定されている東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)の運賃改定。本稿では、主に預貯金取扱金融機関の融資取引先にもたらす影響について、考察していきたい。
今回の運賃改定は、「区分の集約に伴う値上げ」が核となっている。現行の4区分(①利用者の多い首都圏の「電車特定区間」と、②「山手線内」、③それ以外の主要路線である「幹線」④(割安ではなく)通常運賃として設定されていた「地方交通線」)のうち、①②③を統合し、旧幹線とは別の新たな枠組みとして「幹線」に分類。この新枠組みの「幹線」と、既存の④の枠組みを引き継いだ「地方交通線」との2区分に整理する。
これに伴い、「東京-新宿」間が210円から260円へ、「東京-横浜」間が490円から530円に値上げされる。京王電鉄などが、「新宿-京王八王子」や「新宿-高尾」間の低価格などを訴える検索広告まで出稿している実状には、乗客獲得を巡る競争の激しさを印象づける。
実質的な値上げの背景には、輸送人員がもたらす旅客運輸収入の伸び悩みがある模様だ。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を機に世界は大きく変容したが、JR東日本を取り巻く経営環境もその例外ではなく、輸送人員は2019年3月期の水準までなお戻っていない。定期券を使用しない「定期外」の人員は2025年3月期が2020年3月期を既に上回ってもいることから、輸送人員数全体の落ち込みが、テレワークや自転車通勤などの普及・定着に伴う定期券購入・利用者の減少によってもたらされていることが分かる。
エンドユーザー向けサービス事業者目線で事業計画を策定する際には、まずもってリピーター層を固め、その上で浮動層の呼び込みを企図するのが定石だ。JR東日本の場合は、リピーター層である定期券購入・利用者が回復していないため、計画策定に悩まされたことだろう。そうした中、リピーター層への単価引上策のひとつとして、中央線へのグリーン車の導入などが実施されたと推察できる。
他方、利用者目線では恒久的な値上げの負担感は極めて大きい。それゆえに、心理的な面を含め、影響が広く長く及ぶ事態が見込まれる。ここからは影響範囲をおおまかに3つに分類して、それぞれ掘り下げる。
2025年9月公表の内閣府のデータによれば、2023年時点の民営借家居住者の「住居費(賃料)の世帯年収に占める割合」は、年収200~300万円世帯では全国平均で25%、東京都では33%に達している。2018年との比較でも、住居費の割合が微増している模様だ。
2月25日に公表された2025年の毎月勤労統計調査(確報)では、「持ち家の帰属家賃を除く総合」で実質化した実質賃金が、前年比-1.3%となり、対前年比のマイナスが4年連続となった。
2つのデータは、ただでさえ住居費の占める割合が高まってきていた中で、住居費を除いた実質的な賃金がインフレなどに連動せずに目減りしていることを意味する。1年のうち身上異動が最も多い3月は、(2年ごとなどの)家賃更新が最も多くなされる月でもある。近時の地価上昇に伴う固定資産税の上昇や、物件の管理・修繕費用の上昇などを家賃に反映したいと考えるオーナーは珍しくない。そうした結果示される家賃の上昇に、JRの運賃改定が積み重なることで、転居を決断する若年層の単身者などが相当数に達する事象を見込む。
この際の移転先としては、「通勤手当の支給額内」が意識されることになろう。従業員の出勤負担を補助する通勤手当は、厚生労働省により実施された2025年の就労条件総合調査で90.2%の企業・団体などでの支給が確認されている。他方、あまり知られていないものの、支給を義務付ける労働法規や上限額などの規定は一切ない。事業者目線では、支払わなければならないものではなく、「いくらまで出すか」等の裁量も、事業者側が持つ。
データ上では、交通費を支給している企業・団体のうち、上限額を設定しているところの平均額が1か月当たり34,260円となっている模様だ。国家公務員の交通費上限額は1か月当たり55,000円と人事院規則で定められているため、それを参考に決定している企業・団体が多いことが見込まれる。物価高や賃上げ圧力に悩む事業者等が珍しくない中では、JR東日本の運賃改定に伴ってその分を機械的に引き上げる事業者等の比率は決して高くなく、条件を据え置く割合が高くなると見込む。

