サステナブルファイナンス有識者会議は関係者間で「親会議」と呼ばれ、その下には「インパクト投資等に関する検討会」など個別テーマを議論する複数の会議体がぶら下がっています。
サステナブルファイナンスに関連する会議体は乱立気味と指摘されることもありますが、有識者会議は金融庁全体議論を交通整理し、政府としてのおおまかな指針を方向づける重要な機能を担っているのです。
有識者会議は21年に報告書を初策定し、その後、年1回のペースで報告書を取りまとめています。このほど公表された新しい報告書案の記載ぶりは、従前と比べて以下のような違いが見られます。
・サステナブルファイナンスの「揺り戻し」への言及
・「第2ステージ」移行の表明
・インパクト投資、生物多様性分野に関する記載拡充
3つのポイントについて、報告書案においてそれぞれ具体的にどう記されているかを見ていきましょう。
「揺り戻し」認めつつ拡大維持の見方を強調
今回の報告書案は、長く拡大基調を続けてきたサステナブルファイナンスの「揺り戻し(バックラッシュ)」の動きに初めて言及しています。
前回報告書公表からの1年の間、世界的には、一見すると揺り戻しとも理解できる様々な動きも見られた。例えば米国では大手運用会社が収益実現と別の観点から恣意的にESG要素を考慮すれば受益者からの受託範囲を超えるとして、地方政府等が、こうした考慮を行っているとされる運用会社に職員年金等の運用を委託しないこととする動きが見られた。また、ガバナンス等を含む様々な理由から、ネットゼロに向けた民間金融機関等の連合から脱退を表明する金融機関等が出る動きもあった。
報告書案は具体的な国の名指しを避けているものの、サステナブルファイナンスの「揺り戻し」といえば、たとえば米国ではESG推進の是非をめぐる論争が共和党、民主党の政治的対立と相まって注目を集めています。
国内外の様々な動向を念頭に置きつつ、報告書案は「基本的には、脱炭素等の取組みを金融面から支援し経済・社会の基盤強化を図る大きな動きについては、更に進んでいくものと考えられる」と記載。逆風の時代にあっても中長期的には、サステナブルファイナンスの拡大基調は揺るがないとの見方を改めて強調した格好です。
サステナブルファイナンスの「第2ステージ」とは
また、今回の報告書案ではサステナブルファイナンスに関する普及啓発に注力してきた段階を乗り越え、政府として「次のステージ」に歩みを進めるという考えが打ち出されています。
日本のサステナブルファイナンスが今後どういう方向に進むべきなのか、個々の施策の枠を越えた大きな方向性についても、本有識者会議として改めて議論すべき時期に来ている。言い換えれば、サステナブルファイナンスに対する認知を確立するという第一ステージから、その内容の深化と実質化を進める第二ステージへと歩みを進めるということである。
※報告書案より。下線は筆者。以下同じ
21年と22年の報告書を「第1ステージ」、今回の報告書案を「第2ステージ」と分けてみると、ESG投信の記載ぶりにも変化が見受けられます。
これまで金融庁はESG投信に対し、どちらかといえば規制を強化する姿勢を維持してきました。
22年5月に公表した「資産運用業高度化プログレスレポート2022」では、ESG関連投信の信託報酬水準がそれ以外のアクティブ型投信と比べ高い傾向にあると指摘。「顧客本位の業務運営に関する原則」推進の観点から、顧客に対する十分な情報提供を徹底するよう業界側に迫っていました。また、今年3月には金融商品取引業者等向けの監督指針を改正し、この中で、ESGを投資先選定の主要要素として掲げるESG投信について、運用サイドの十分な態勢整備や情報開示を求める姿勢を改めて提示。これによって、ESGを掲げた投信を手掛けるハードルが事実上、引き上げられることになりました。
一方、プログレスレポート2022の公表後にはESG投信の新規設定ペースが低下したこともあり、「当局による締め付け強化が業界側の委縮という副作用をもたらしたのではないか」(外資系運用会社幹部)との声もあります。
こうした指摘を念頭に、報告書案は行政側の一連の取り組みについて次のように総括しています。
国際的な規制等の整備が進む中で、例えば、同規制(※筆者注、金融庁による監督指針改正)等に照らして資産内容や運営方針を必ずしも十分説明できないと考えるファンド等の新規設定・販売等を控える動きがあるとの指摘がある。足もとにおけるESG投信の販売減少については、こうした背景を踏まえて理解する必要があるが、一時的に販売額等が減少しても、投資信託の組成者等による投資・組成等の方針が明確化されることを通じて、中長期的に健全に市場が発展していく可能性が十分想定される。
ESG投信の販売減少の「背景」には規制強化の影響があると考えられると認めつつ、制度整備は長い目でみれば「健全に市場が発展していく」との認識を示しています。
その上で報告書案では次のように、締め付け色の強かったこれまでの記載ぶりとは異なる、ESG投信の市場拡大を後押しするような前向きなニュアンスの記載が加えられています。
なお、個人に提供される投資商品については、投信を通じたESG投資額全体でみると、欧州や米国と比較して本邦は低水準となっている。また、国内のESG投信の資産残高を運用手法別に見ると、インデックス(指数)と同じ値動きを狙うパッシブ運用の比率は約1割に留まっており、これも欧米と比べると低水準となっている。ESG投信では、中長期的な企業価値向上を実現していくためのアセットマネージャー等によるエンゲージメント等が重要であり、この実施には人的リソースを含め一定のコストがかかる。他方、幅広い個人投資家へ長期の市場参加と資産形成を促す観点からは運用コストの抑制も重要と考えられる。
個人が投資しやすく企業の成長にも資するESG投信として、訴求力も高く、対話も含む投資戦略も明らかな投資商品が期待される。
ここでは、個人投資家によるESG投資が欧米と比較して低調であることを指摘したうえで、ESGインデックスの活用に拡大余地があるなどの課題認識を示しています。また、続く部分では24年1月に始まる新しいNISA制度で購入できるESG投信のラインアップ拡充を後押しする趣旨の記載も盛り込まれています。
グリーンウォッシュ対策の観点でESG投信の推進に抑制的な方針を維持してきた「第1ステージ」と異なり、「第2ステージ」ではNISA制度の刷新とあわせて、市場の拡大をむしろ積極的に後押ししていくという考えの変化が読み取れます。
インパクト、生物多様性に政治色も
加えて、インパクト投資や生物多様性に関する記載が従来よりも拡充された点も、今回の報告書案の特徴と言えるでしょう。今年5月に「インパクト投資等に関する検討会」が公表した報告書案では、創業支援と親和性の高い「新規性の支援」という要素を含むインパクト投資の定義を独自に打ち出し、スタートアップ育成を掲げる岸田政権の政策の一環として、インパクト投資の拡大を後押しする考えを明確にしました。
生物多様性については、「生き物版TCFD」とも言われる国際的な推進枠組みである生物関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が9月にも開示基準の最終版を公表する見通しであることを含め、国際的に注目が高まっている現状を紹介しています。業界内では、生物多様性分野に関する国内の投資機運を勢いづけるため、金融庁が年内にも新たな会議体を立ち上げるのではとの観測も浮上しています。