――2%の物価目標や質的・量的緩和の修正のシナリオは。
話の前提として、物価目標が設けられた経緯を確認しておく必要があります。政府と日銀が2013年1月に結んだ政策協定(アコード)に基づく2%物価目標は、そもそも期限を切っていませんでした。ところが黒田氏が総裁に就任した直後の13年4月、日銀は対外公表文で2%物価目標について「2 年程度の期間で」と期限を掲げるようになりました。それ以降、私は審議委員として物価目標に関して全て反対してきた。達成が極めて難しい目標にひもづいた金融緩和を続けていれば抜け出せなくなり、深刻な弊害も避けられません。そもそも経済が成長しなければ物価も賃金も上がりにくいのに、それを金融政策の一本やりで期限を区切って達成を目指すというのは、受け入れがたい主張でした。
アコードの本来の趣旨に立ち戻れば、金融政策は日銀が自由に打てるものですし、2%の物価目標は経済が強く成長するようになった段階で打ち出せばいいのです。そういう時期でなければ2%目標にこだわる必要はありません。アコードを変更しなくても、本来の趣旨を日銀が説明しさえすれば、物価目標と金融政策のつながりが断ち切られ、日銀の裁量が広がります。
ただ、多くの人がアコードをそのように解釈していません。それに岸田政権には政府主導によるアコードの修正を志向している節があります。記録的な円安で国民から批判を浴びたので、日銀による正常化を政権が音頭をとる形で成し遂げたいとの思惑を感じます。日銀総裁が替わったタイミングでのアコード見直しは十分あり得ます。
アコードが修正される場合は、2%目標をあくまでも「長期目標」という位置づけに後退させる方策が考えられます。2%という数値を引き下げるのは政治的に困難な選択肢でしょうし、「2%」という数字は故・安倍氏の政治的遺産のシンボルでもあります。それを引き下げようとすれば自民党安倍派を中心に反対論が噴出します。
――日銀がマイナス金利政策をやめる時期はいつでしょう。
日銀がマイナス金利政策の見直しなど実際の政策変更に乗り出すとすれば、2%目標を柔軟にした後でしょうね。日銀は18日に公表した「展望レポート」で、2024年度のコアCPIの上昇率見通しを1.6%から1.8%に上方修正しました。あくまでも若干の可能性ではありますが、2%目標の達成に近づいたという理由で、次期総裁の体制で日銀が一気に緩和の正常化を進めるシナリオも考えられます。確かに今は物価が上振れて春闘の賃上げも高めですが、まもなく賃金も物価も下がってくるでしょう。そうなれば、正常化に振り切ったはずの日銀が再び2%物価目標の水準を意識せざるを得なくなります。2%目標の位置づけを柔軟にした上で正常化する運びとなる可能性のほうが高いでしょう。
今年は24年以降の正常化に向けた環境を整える1年になりそうです。日銀が大きな一歩を踏み出せるかは、その時の景気減速や円高の深刻度にかかっています。