――日銀内では以前から黒田氏の影響力に陰りがみえていたということでしょうか。
私の認識では、黒田氏が総裁として指導力を発揮したのは16年1月に導入したマイナス金利政策までです。そこで政策的に大きくつまずいたので、以降は事務方が主導して副作用を減らす方策を打ち出していきました。長期金利を安定させるため16年9月にイールドカーブ・コントロール(YCC)を導入したのは、黒田氏というより事務方の意向です。
その後、日銀は21年3月に長期金利の変動許容幅を上下0.2%から0.25%へと広げるにあたって、黒田総裁と雨宮正佳副総裁の対立がはっきりしました。黒田氏は柔軟化の容認に慎重で、雨宮氏などは柔軟化を進めるべきだとの立場だったと思います。最終的には黒田氏が変動幅の柔軟化を受け入れる代わりに、変動幅の決定は決定会合で決める体裁にランク・アップすることで収まりました。
ところが昨年の春から黒田氏が巻き返しを図るようになりました。米国の急速な利上げで米国債の長期金利が上昇し、円安ドル高が進んで日本の長期金利にも上昇圧力が掛かったタイミングです。そのような状況で黒田氏は長期金利の上昇を一切許さない姿勢を鮮明にしました。指値オペを毎営業日実施するという力技に出たのです。結局それが円安の加速と物価の急上昇を招き、国民から非難を浴びました。
そして昨年末に日銀が「一部修正」に動いたという流れは、事務方が再び黒田氏から主導権を奪った結果とみるべきです。
――ポスト黒田のゆくえをどうご覧ですか。
総裁人事は政府が決めることとはいえ、新日銀法によって日銀の独立性が担保されていますから、総裁ポストには日銀出身者が就くのが自然です。かつては日銀出身者と旧大蔵省出身者が交替で日銀総裁を務める「たすきがけ人事」が慣例でしたが、それは新日銀法が施行される前の話です。「ポスト黒田」は日銀副総裁もしくは副総裁の経験者が軸となるでしょう。
そこでポイントになってくるのが黒田氏との距離感です。もし黒田さんが妥協しない姿勢を維持していれば、黒田体制の内部にいる人物が後継になると、政府や国民から「黒田路線の継続だ」との反発が避けられなかったでしょう。昨年末に黒田氏が長期金利の変動許容幅の拡大を受け入れたことで、政府はあえて黒田氏と距離のある人を次期総裁に指名する必要性がやや後退したように思います。そのため、現副総裁の雨宮氏が次期総裁に指名される確率が幾分高まったかもしれません。
いずれにせよ、リフレ派が新総裁になる可能性は限りなく低くなりました。どなたが後任になろうとも、事務方が主導する形で金融政策の正常化が進んでいくでしょう。
――リフレ派が退潮した要因は。
リフレ派の主要人物を日銀内部に取り込んだことが大きいでしょうね。岩田規久男前副総裁も若田部真澄副総裁も、リフレ派ではない黒田氏を支えるという立場上、本来のリフレ派とは異なる主張を受け入れざるを得なくなりました。10年前のように「金融政策さえ頑張れば日本がよくなる」だなんて、今や誰も信じていませんよね。リフレ派の主張は筋が通らなかったということです。
ただしリフレ派は完全に消滅したわけではありません。経済に逆風が吹いてくるとリフレ派の主張が再び幅をきかせる可能性があります。