<前編のあらすじ>

定年退職を迎えた郁夫(65歳)は、ヒマを持て余していた。しばらくぼんやりと過ごしてみたり、動画サブスクなどを眺めたりしてみたが、すぐに飽きてしまう。

まだ仕事をしている妻とはほとんど会話もない。仕事にかまけて家庭をほったらかしにし続けた郁夫はずっと家にいるのに、家のどこにも居場所がなかった。

そんな折、息子から「このままじゃ熟年離婚でもするんじゃない?」と手痛い指摘を受ける。妻とのコミュニケーション方法を模索して、郁夫は料理を始めることを決心した。

●前編:「このままじゃ熟年離婚するんじゃない?」息子からの無慈悲な指摘…定年夫が決意した「冷え切った夫婦関係を修復する行動」

味の薄いチャーハン

料理を作ろうと一念発起した郁夫だったが、何をどこから取り掛かっていいものかも全く分からなかった。フラフラと立ち上がり台所に立ってみたのだが、包丁ひとつをとってみても、どこにあるのかすら知らない。

観念した郁夫は再びソファに座り、ぼうぜんとする。

何をしていいのかも分からない。もし取りあえず作ってみて、台所をメチャクチャにするとさらに関係が悪化する可能性もあるだろう。

頭を回転させ、悩んだ挙げ句、郁夫がたどり着いたのは諒子を参考にしようというものだった。当然、驚かせることが目的だし、聞いたところできちんと返してくれるとも思わない。ただまずは調理器具の場所や使い方をまず見て学ぼうと考えた。

それからというもの、郁夫は晩ご飯を作っている諒子の動きをこっそり観察し続けた。取りあえず道具のしまってある場所や、それらを諒子がどう使っているのかメモに書きとめた。

また、諒子にバレることなく、料理を練習できる機会は昼ご飯のときしかないと考え、諒子が仕事に出掛けるとすぐに、郁夫は準備にとりかかった。

最初はチャーハンから作ろうと試みる。簡単に作れる料理の代表で、これならば今の自分でも作れると思ったのだ。だがいざ作ってみるとまったく思い通りにならなかった。

フライパンに油を入れて、溶き卵を流し込むのだが、卵を割って、どこに入れるのかが分からない。後からボウルに入れればいいと判明したが、このときはそれが分からず、どんぶりに卵を入れて、箸でかき混ぜた。

次に卵を流し込んだ後、白ご飯を投入するのだが、1人前の量が分からず、慌てているウチに卵が硬くなってしまい、出来上がったチャーハンはぼそぼそで、塩コショウを振り忘れたせいで味もほとんどしなかった。

当然、諒子が作ったものとは雲泥の差があった。

散らかった台所を見ても、悪戦苦闘の様子が手に取るように分かった。

最初は誰でもこんなものだと自分を奮い立たせ、味の薄いチャーハンを郁夫は無理やり完食した。