finasee Pro(フィナシープロ)
新規登録
ログイン
新着 人気 特集・連載 リテール&ウェルス 有価証券運用 金融機関経営 ビジネス動画 サーベイレポート

日本の金融競争力を左右する「プライベート市場のデータ基盤高度化」―課題と現在地

ノーマン・L・トゥエイボーム
ノーマン・L・トゥエイボーム
ブルームバーグ 日本統括責任者
2026.06.15
会員限定
日本の金融競争力を左右する「プライベート市場のデータ基盤高度化」―課題と現在地

近年、高いリターンを背景に注目度が上昇するプライベート市場。しかし、その裏側で、データ面のインフラが追いつかない「データ管理」の問題も顕在化している。不統一なスプレッドシートによる業務の分断は、単なる効率性の問題にとどまらず、ポートフォリオの正確なリスク把握を阻む構造的な課題を抱えてきた。 戦略的資産配分(SAA)からトータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA)への転換、そしてかつての債券市場がたどった電子化の歴史を紐解きながら、今まさに起きつつある「脱スプレッドシート」とデータ標準化の潮流をブルームバーグのノーマン・L・トゥエイボーム氏が解説する。

注目のプライベート市場の裏側にある「データ管理」分野の課題

現代金融の多くにおいて、「プライベート市場」という言葉には暗黙の前提が伴ってきた。それは「複雑さ」である。

流動性の低さによるプレミアムや差別化されたリターンという魅力については周知のとおりだが、その裏側には、機関投資家の規模拡大に対して十分に対応できていない業務インフラ、とりわけデータ管理の分野の課題も存在している。

多くのアセットオーナーや運用会社にとって、関係者へのレポーティングは依然として“集約と照合”に多大な手間を要する作業だ。データは不統一な形式で、しばしばスプレッドシートとして届き、分析可能な状態にするまでに相当な手作業を要する。これは単なる効率性の問題にとどまらない。ポートフォリオ全体におけるエクスポージャー、資産間の相関関係、リスク集中を正確に把握することを制限する構造的な不透明性を生み出している。

しかし、こうした長年の課題は転換点を迎えつつある。標準化の進展、技術革新、そして投資家の期待の変化が相まって、プライベート市場の業務インフラのあり方が変わり始めている。

その結果、パブリック市場との収斂(コンバージェンス)が進みつつある。

なぜデータ管理の課題は生じるのか

プライベート市場の課題は、しばしばGP(運用者)とLP(投資家)の間の情報の流れの問題として語られる。しかし、より本質的な問題は、共有されたデータ基盤の欠如にある。

パブリック市場では、標準化された識別子や分類体系により、データの集約や比較が容易に行える。一方で、プライベート市場では歴史的に共通言語が存在せず、ファンドや証券、投資先企業の定義が市場参加者ごとに異なるため、相互運用性が低い。

この課題の解決には、単なるプロセス改善にとどまらず、ファンドや投資先企業に関する一貫した基準となる「マスターデータ」の標準化が不可欠だ。こうした基盤がなければ、どれほど高度な分析であっても信頼性の高いインサイトを得ることは難しい。

リスク管理の観点からも、その影響は大きい。統一された視点がなければ、複数のファンドを通じて同一の借り手に対する集中エクスポージャーを知らずに積み上げてしまう可能性がある。標準化は業務効率の問題だけではなく、リスク管理の中核をなす要素である。

スプレッドシートからの脱却と新たな潮流

現在進行している最も顕著な変化の一つが、Excelなどスプレッドシート形式のファイルを中心とした業務からの脱却である。これまでスプレッドシートは柔軟性の高さから広く使われてきたが、分断されやすく拡張性に欠けるという課題を抱えていた。

新たな潮流は、独自データと標準化データを統合し、単一の環境で分析するアプローチである。これは単なる利便性の向上にとどまらず、投資評価の一貫性を高める。

プライベート資産を、利回りやスプレッド、リスクといった観点でパブリック資産と同様の枠組みで分析できるようになれば、両者の比較可能性が向上し、より適切な資産配分が可能となる。

同時に、機密性の確保も不可欠である。統合が進む中でも、適切なデータガバナンスにより機密情報の保護が求められる。

戦略的資産配分(SAA)からトータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA)の流れも「脱スプレッドシート」を促す

こうした、個別に管理されたスプレッドシート中心の従来型の運用から、投資全体を俯瞰するより包括的な視点への移行は、投資哲学そのものの変化によっても促されている。

長年にわたり、機関投資家はポートフォリオ構築の主要な枠組みとして戦略的資産配分(Strategic Asset Allocation:SAA)を採用してきた。SAAは、上場株式、債券、オルタナティブ資産といった資産クラスごとに比較的固定的な配分を設定する考え方に基づいている。

パブリック市場とプライベート市場の相互連関が強まる中、多くのアセットオーナーは、より統合的なトータル・ポートフォリオ・アプローチ(Total Portfolio Approach:TPA)へと移行しつつある。TPAでは、資産クラスごとの区分に重点を置くのではなく、ポートフォリオ全体の目標達成に向けて、あらゆる投資がどのように相互作用し、全体として機能するかを重視する。

しかし、真のトータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA)を実践するには、投資哲学の転換だけでは不十分である。

その実現には、ポートフォリオ全体を通じて一貫性のある統合的な視点を確立することが不可欠だ。しかし、多くの機関投資家にとって、これは依然として大きな課題となっている。特にプライベート市場では、データがスプレッドシートや相互に連携していない社内システムに分散しているケースが少なくない。

標準化されたデータ構造や相互運用可能な業務プロセスが整備されていなければ、タイムリーな投資インサイトの創出やリスク集中の把握、さらにはパブリック資産とプライベート資産のエクスポージャーを意味のある形で比較・分析することはますます困難になる。

こうした状況を受けて、アセットオーナーや運用会社には、投資インフラの高度化を求める圧力が一段と高まっている。

アセットオーナーがポートフォリオ全体を俯瞰できる透明性の向上を求める中、運用会社は、パブリック資産とプライベート資産の双方にわたる投資判断を支えるため、統合されたデータ基盤や拡張性の高い分析機能、そして効率的な業務プロセスの構築にますます注力している。

資産クラスを横断してデータを統合し、レポーティングの標準化を実現するとともに、一貫したリスク分析を提供できるソリューションは、今や機関投資家の運用を支える重要な基盤となりつつある。

歴史は繰り返す―パブリック債券市場が示唆するもの

現在のプライベート市場の変化は、前例がないわけではない。パブリック債券市場も数十年前に同様の変革を経験している。1980年代当時は、透明性が低く、手作業中心で、データも断片化していた。

その後、技術の進展やデータの標準化、市場構造の進化により、電子化と効率化が進展した。今日の債券市場は高度な分析機能、リアルタイムの価格情報、統合されたワークフローを備えている。

そして今、プライベートクレジットも同様の道をたどりつつある。データの構造化とアクセス性の向上に伴い、市場は徐々に人的サポートを要する手作業中心の環境から、よりスケーラブルで分析主導のものへと移行している。

プライベート市場のインフラ高度化は日本の市場競争力を左右する戦略的な課題に

こうした課題は、日本においても重要性が増している。日本では政策当局が、金融システムの安定性と透明性を重視しながら、プライベートマーケットの整備・発展を重要なテーマとして位置付けているためだ。

同時に片山さつき金融担当大臣は、プライベートアセット市場の発展が日本の成長戦略における重要な柱である一方で、プライベートクレジットの急速な拡大は新たなリスクをもたらす可能性があると指摘している。

より広い観点から俯瞰した場合、その意味するところは明らかだ。持続的な市場の成長は、規模の拡大だけで測られるものではなく、より強固なガバナンス、高い規律、そして信頼性の高いデータ基盤によって支えられてこそ実現されるものである。

こうした文脈において、より高度な報告基準や強固なデータ基盤は、単なる追加的な業務負担として捉えられるべきではない。むしろ、それらは日本にとって戦略的な転換点となる可能性がある。

規模、規律、そして長期的視点で知られる日本の機関投資家にとって、この進化は、プライベートクレジットやオルタナティブ資産への関与を、より高い確信と管理体制の下で拡大する新たな機会となり得る。さらに広い視点で見れば、この変化は、日本が今後どのように市場発展、そして金融の多様化を進めていくかにも影響を与える可能性がある。

日本が他国に先駆けて、より透明性が高く、分析基盤の整ったプライベートマーケットのエコシステム構築を進めれば、国内外から機関投資家の新たな資金を呼び込むことにもつながり、マーケットの新たな標準化の形成において、重要な「先行者利益」を獲得する可能性がある。プライベート市場のインフラ高度化は、もはや単なるコンプライアンス対応や業務効率化の問題にとどまらない。それは、日本の市場競争力を左右する戦略的な課題となりつつある。つまりプライベート市場が世界の資本形成において存在感を高めるなか、日本のデータ基盤、透明性、そしてガバナンス体制の整備状況は、将来の金融競争力を占う重要な指標となるだろう。

続きを読むには…
この記事は会員限定です
会員登録がお済みの方ログイン
ご登録いただくと、オリジナルコンテンツを無料でご覧いただけます。
投資信託販売会社様(無料)はこちら
上記以外の企業様(有料)はこちら
※会員登録は、金融業界(銀行、証券、信金、IFA法人、保険代理店)にお勤めの方を対象にしております。
法人会員とは別に、個人で登録する読者モニター会員を募集しています。 読者モニター会員の登録はこちら
※投資信託の販売に携わる会社にお勤めの方に限定しております。
モニター会員は、投資信託の販売に携わる企業にお勤めで、以下にご協力いただける方を対象としております。
・モニター向けアンケートへの回答
・運用会社ブランドインテグレーション評価調査の回答
・その他各種アンケートへの回答協力
1
前の記事
米国の年金でも浸透する暗号資産 ブロックチェーン技術が投資にもたらす可能性とは?
2026.04.07

おすすめの記事

パフォーマンスは「eMAXIS Neo」や「半導体」など先端技術関連に集中=2026年5月ファンド収益率上位

finasee Pro 編集部

「オルカン」「S&P500」「世界のベスト」に続くファンドは? 「スペースX」への関心で購入停止ファンドも=資金流入額上位20ファンド

finasee Pro 編集部

資金流入額が回復、「国策に売りなし」で国内AI、半導体、防衛などのファンドが人気=26年5月投信概況

finasee Pro 編集部

SBI証券の売れ筋で「S&P500」が巻き返す、大型IPO接近で人気化する「NASDAQ100」よりランクアップ

finasee Pro 編集部

顧客の「将来」と「今」に価値を提供し、地域に好循環を生み出すのがFFGの使命 case of 福岡銀行/ふくおかフィナンシャルグループ

Ma-Do編集部

著者情報

ノーマン・L・トゥエイボーム
ノーマン・トゥエイボーム
ブルームバーグ 日本統括責任者
2021 年より日本統括責任者として日本全域の営業推進、サービスの実装、顧客サービスなど営業戦略全体を指揮する。 現職以前は、バイサイド・エンタープライズ営業部門アジア統括責任者を担当し、アジア太平洋地域のバイサイド向け戦略、推進、クライアントサービスに従事する。シンガポールを拠点とし、ブルームバーグのポートフォリオやインデックスビジネスにおいて、地域戦略や事業開発を監督し、アジア太平洋地域 20 カ国以上のメンバーで構成されるチームを統率。同チームでは、アセットオーナー、資産運用会社、グローバルバンク、地方銀行などの金融機関におけるインデックスやポートフォリオ分析のニーズを捉えたソリューションを提供。 ブルームバーグによるバークレイズ、リスク・アナリティクス・アンド・インデックス・ソリューションズ(BRAIS)の買収により、2016 年にブルームバーグ入社。BRAIS では、債券ベンチマークやストラテジーのインデックス、ポートフォリオ分析、リスクとアトリビューションモデル、ポートフォリオ構築ツールなど、市場を代表するプロバイダーとしての指揮を執った。 大学卒業後リーマン・ブラザーズに入社し、広く使われている債券ベンチマークやストラテジーインデックスの発展に従事し、ニューヨーク、東京、香港で勤務した。 ニューヨークのペース大学にて、経済学と統計学を専攻。学士号取得。
続きを読む
この著者の記事一覧はこちら

アクセスランキング

24時間
週間
月間
パフォーマンスは「eMAXIS Neo」や「半導体」など先端技術関連に集中=2026年5月ファンド収益率上位
「オルカン」「S&P500」「世界のベスト」に続くファンドは? 「スペースX」への関心で購入停止ファンドも=資金流入額上位20ファンド
日本の金融競争力を左右する「プライベート市場のデータ基盤高度化」―課題と現在地
顧客利益の最善を追求し、人生の質を高めることが IFA業界の発展と社会貢献につながる
インデックス投資から始めた顧客を「思考する投資家」へ導くために ――対面営業を主体とする投信販売会社・本部投信担当者に求められる視点――
資金流入額が回復、「国策に売りなし」で国内AI、半導体、防衛などのファンドが人気=26年5月投信概況
NISAの次に問われる本丸--企業型DC・iDeCo、個人向け国債、そして資産形成助言の再設計
信託ならではの専門性をオンラインで実現 独自のハイブリッド型チャネル戦略を推進 case of 三井住友信託銀行
顧客の「将来」と「今」に価値を提供し、地域に好循環を生み出すのがFFGの使命 case of 福岡銀行/ふくおかフィナンシャルグループ
SBI証券の売れ筋で「S&P500」が巻き返す、大型IPO接近で人気化する「NASDAQ100」よりランクアップ
「オルカン」「S&P500」「世界のベスト」に続くファンドは? 「スペースX」への関心で購入停止ファンドも=資金流入額上位20ファンド
信託ならではの専門性をオンラインで実現 独自のハイブリッド型チャネル戦略を推進 case of 三井住友信託銀行
顧客の「将来」と「今」に価値を提供し、地域に好循環を生み出すのがFFGの使命 case of 福岡銀行/ふくおかフィナンシャルグループ
SBI証券の売れ筋で「S&P500」が巻き返す、大型IPO接近で人気化する「NASDAQ100」よりランクアップ
資金流入額が回復、「国策に売りなし」で国内AI、半導体、防衛などのファンドが人気=26年5月投信概況
インデックス投資から始めた顧客を「思考する投資家」へ導くために ――対面営業を主体とする投信販売会社・本部投信担当者に求められる視点――
顧客利益の最善を追求し、人生の質を高めることが IFA業界の発展と社会貢献につながる
投信ビジネスに携わる金融のプロに聞く!「自分が買いたい」ファンド【バランスファンド編】
マネックス証券で「日経225」への強気の見通し強まる、米国株では「NASDAQ100」が急浮上
NISAの次に問われる本丸--企業型DC・iDeCo、個人向け国債、そして資産形成助言の再設計
NISAの次に問われる本丸--企業型DC・iDeCo、個人向け国債、そして資産形成助言の再設計
佐々木城夛の「バタフライ・エフェクト」第19回:デジタル化の否応なしの進展が中核市の人口流出を加速させる?
「支店長! 研修は受けたのですが、投信をセールスできる気がしません。慣れるしかないのでしょうか?」
顧客利益の最善を追求し、人生の質を高めることが IFA業界の発展と社会貢献につながる
三井住友銀行で新ファンド「フューチャーガイド」がトップ、「世界のベスト」も根強い人気
インデックス投資から始めた顧客を「思考する投資家」へ導くために ――対面営業を主体とする投信販売会社・本部投信担当者に求められる視点――
SBI証券の売れ筋で「WCM」がランクイン、「FANG+」を押しのけて高い順位に進んだ理由は?
「オルカン」「S&P500」「世界のベスト」に続くファンドは? 「スペースX」への関心で購入停止ファンドも=資金流入額上位20ファンド
ファンドアナリスト篠田 尚子が2026年第1四半期を振り返る~投資信託の今と、これから
信託ならではの専門性をオンラインで実現 独自のハイブリッド型チャネル戦略を推進 case of 三井住友信託銀行
ランキングをもっと見る
finasee Pro(フィナシープロ) | 法人契約プランのご案内
  • 著者・識者一覧
  • 本サイトについて
  • 個人情報の取扱いについて
  • 当社ウェブサイトのご利用にあたって
  • 運営会社
  • 個人情報保護方針
  • アクセスデータの取扱い
  • 特定商取引に関する法律に基づく表示
  • お問い合わせ
  • 資料請求
© 2026 finasee Pro
有料会員限定機能です
有料会員登録はこちら
会員登録がお済みの方ログイン
有料プランの詳細はこちら