2023年11月20日に成立した「金融商品取引法等の一部を改正する法律」は、金融審議会市場制度ワーキング・グループ、ディスクロージャーワーキング・グループ、顧客本位タスクフォースの提言等を実現させたもので、多岐にわたる改正がなされた。 この中で、投資信託等のリスク性金融商品の販売会社にとって、その影響が注目されている改正項目として、「顧客等の最善の利益の勘案義務」(以下、最善利益義務)がある。最善利益義務は、プリンシプルとして「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下、顧客本位原則)の”[原則2] 顧客の最善の利益の追求”で「金融事業者は、高度の専門性と職業倫理を保持し、顧客に対して誠実・公正に業務を行い、顧客の最善の利益を図るべきである。金融事業者は、こうした業務運営が企業文化として定着するよう努めるべきである。」と定められていたものである。これがプリンシプルとしても存続しつつ、法律上の義務としてルール化された。
最初に、この最善利益義務の法定化の実務上のポイントから考えてみると、以下2点が特に重要であると考えられる。①最善利益義務が「顧客本位の業務運営に関する原則」をコンプライしていない金融事業者にも適用されること。②コンプライしていても取組方針等を公表していない、あるいは表面的、形骸的な取り組みしか行っていない金融事業者にベストプラクティスの実践が引き続き、かつ、より強く求められること。
そして、金融庁は、2023年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等を2024年6月27日に公表し、金融商品取引法等の一部を改正する法律について、関係政令・内閣府令・監督指針等の規定の整備を行い、パブリックコメントを募った上で、2024年11月1日に施行・適用する手続きを行った。
本稿では、このうち最善利益義務に関する監督指針に特に着目して、主に販売会社の視点から読み解いてみたい。なお、本文中の意見にわたる部分は所属組織の意見ではなく、筆者の個人的見解である。
まず、「監督指針」の位置付けから考えてみたい。なお、ここでは金融庁の業態別の監督指針のうち銀行分野を中心に確認していきたい。「監督指針は、”金融機関の”検査・監督を担う職員向けの手引書として、検査・監督に関する基本的考え方、事務処理上の留意点、監督上の評価項目等を体系的に整理したものである」と、その位置付けが記載されている。同時に、「本監督指針が、”金融機関の” 自主的な努力を尊重しつつ、その業務の健全かつ適切な運営を確保することを目的とするものであることにかんがみ、本監督指針の運用に当たっては、”各金融機関の” 個別の状況等を十分踏まえ、機械的・画一的な取扱いとならないよう配慮するものとする」(” ” 内は業態別に異なる表記なので、筆者が「金融機関」に統一)とされている。つまり、「検査・監督を担う職員向けの手引書」であり、かつ「機械的・画一的な取扱いとならないよう配慮する」とされているのだ。
次に、今回新設された最善利益義務に関する監督指針についても銀行分野を中心に確認したい。そこでは、「業務の健全かつ適切な運営の確保又は顧客保護の観点から重大な問題があると認められる場合には、法第26 条の規定に基づく業務改善命令を発出する等の対応を行うものとする。さらに、重大・悪質な法令等違反行為が認められる等の場合には、法第 27 条の規定に基づく業務停止命令等の発出も含め、必要な対応を検討するものとする」とされている。
職員向けの手引書の中に、業務の健全かつ適切な運営の確保又は顧客保護の観点から重大な問題があれば、業務改善命令を発出し、さらに重大・悪質な法令等違反行為が認められる等の場合には業務停止命令等の発出も含めた必要な対応を検討する、とされたのだ。監督指針は、ルールである法令とも、プリンシプルである原則とも正確には異なるものの、エンフォースメントに言及している以上、検査・監督を受ける金融機関にとっては、限りなくルールに近しいものとして受け止めざるをえない。
それでは、最善利益義務に関する監督指針を読み解いて参りたい。
【銀行分野 監督指針 新旧対照表】
改 正 後 |
現 行 |
Ⅲ-3-1 法令等遵守(特に重要な事項) Ⅲ-3-1-5 顧客の最善の利益を勘案した誠実公正義務(金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する 法律第2条) Ⅲ-3-1-5-1 主な着眼点 銀行が、その業務を通じて、社会に付加価値をもたらし、同時に自身の経営の持続可能性を確保していくためには、顧客の最善の利益を勘案しつつ、顧客に対して誠実かつ公正にその業務を行うことが求められる。そこで、“金融機関”が、必ずしも短期的・ 形式的な意味での利益に限らない「顧客の最善の利益」をどのように考え、これを実現するために自らの規模・特性等に鑑み、 組織運営や商品・サービス提供も含め、顧客に対して誠実かつ 公正に業務を遂行しているかを検証する。 Ⅲ-3-1-5-2 監督手法・対応 日常の監督事務や、不祥事件等届出書等を通じて把握された “金融機関”の誠実公正義務上の課題については、深度あるヒアリングを行うことや、必要に応じて法第 24 条の規定に基づく報告を求めることを通じて、“金融機関”における自主的な業務改善状況を把握することとする。“金融機関”の業務の健全かつ適切な運営の確保又は顧客保護の観点から重大な問題があると認められる場合には、法第26 条の規定に基づく業務改善命令を発出する等の対応を行うものとする。さらに、重大・悪質な法令等違反行為が認められる等の場合には、法第 27 条の規定に基づく業務停止 命令等の発出も含め、必要な対応を検討するものとする。 |
Ⅲ-3-1 法令等遵守(特に重要な事項) [新設] |
ここには冒頭で特筆すべき表現がさりげなく記載されている。「その業務を通じて、社会に付加価値をもたらし、同時に自身の経営の持続可能性を確保していくためには、顧客の最善の利益を勘案しつつ、顧客に対して誠実かつ公正にその業務を行うことが求められる。」という一文である。逆説的に言えば、顧客の最善利益を勘案せず、誠実公正に業務を行わないことで、社会に付加価値をもたらさなければ、経営の持続可能性は確保されない、と断じているのだ。
さて、当局は本件で他に何かメッセージを発しているのだろうか。確認してみると、『旬刊商事法務 No.2359 2024年5月25日号』に、金融庁 企画市場局市場課 今泉市場企画室長、寺川課長補佐による『顧客本位の業務運営と「最善の利益」の法定』が掲載されている。少し紹介させてもらう。この論稿では、「金融サービスを提供する事業者及び企業年金等の実施者に対して、横断的に、顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に誠実かつ公正に業務を遂行する義務」を「新誠実公正義務」とし、この「新誠実公正義務の規定は抽象的」と断った上で、以下4点を指摘している。①新誠実公正義務の下でも、顧客の最善の利益を勘案することと金融事業者の収益性とを両立させることは否定されない。②必ずしも短期的・形式的な利益に限らない実質的な意味での「顧客等の最善の利益」を考えることが求められる。それは顧客一人ひとりによって異なる。③業務の遂行に、絶対的な水準が一律に要求されるものではない。④個別の取引における販売・勧誘の場面の個々の行為のあり方も重要であるが、ビジネスモデルのあり方、例えば、業績評価をはじめとする組織運営のあり方やプロダクトガバナンスなども含め、「顧客等の最善の利益を勘案」することが求められる。
そして、「今般の法改正は、新誠実公正義務に違反した金融事業者が当然に民事上の損害賠償責任を負うことを規定することを意図するものではなく、裁判上の規範としての機能については、今後の裁判実務の積み重ねにゆだねられることになるが、今般・・・「顧客等の最善の利益を勘案」することが条文上、明示的に求められることを踏まえ、民事訴訟等において活用される例が増えてくれば、顧客本位の業務運営の取組みに対する影響も生じてくる」と結んでいる。
(後編に続く)