金融機関のリスク管理においては、分析の前提となる枠組み(モデル)を構築し、そこにデータを落とし込んでリスクを把握することが一般的です。ただ、このモデル自体が誤っていたり、昔から使い続けていて現状に即さないものになっていたりすれば、リスク管理全体が正常に機能しなくなってしまいます。
このような「リスク管理そのもののリスク」をモデル・リスクといいます。レポートの表題にあるモデルリスク管理とは「リスクを管理するモデル自体がもたらすリスクを管理する」ということです。
…というとややこしい言葉遊びのようですが、過去にはこのモデルリスク管理の不備が深刻な事態を招いた例があります。たとえば2023年の米シリコンバレーバンクの破綻については、前年の金利上昇局面で、金利リスクを小さく見せるために、同行がモデルの前提条件をわざと変更していた実態が明らかになっています。モデルを管理するガバナンス体制の問題が最悪の場合、金融機関の健全性に深刻な影響を及ぼしうることを印象づける出来事となりました。
金融ビジネスをめぐる前提条件が変化する中、金融庁は各事業者に適切なモデル・リスク管理を呼びかけようと、21年11月に「モデル・リスク管理に関する原則」を公表。大手グループなどに採択を促してきました。
原則策定後、3年が経過したタイミングで公表した今回のプログレスレポート。大手金融機関7グループを対象とした調査の結果、「モデル・リスク管理の枠組みの構築をおおむね終え、構築した枠組みに従った実務運営を開始している」など一定の進捗が認められたと評価しています。
その一方、課題として次の3点を挙げています。
(1)一部の事業や子会社に含まれるモデルのリスク格付の付与や態勢構築の計画策定が未了。こうした対象金融機関においては、重要なモデルの管理が遅滞しないようリスクの所在把握や態勢構築を進めていくことが課題となる。
(2)構築した枠組みを運営する上で基盤となる人員は全体的に不足しており、今後の安定的なモデル・ライフサイクル管理を継続するには人員の手当てと、実務の効率化が課題となっている。
(3)AI モデルについては、構築したモデル・リスク管理態勢の枠内での管理を進め、又は計画している一方、AI 特有のリスクに対応した検証方法等について、各種ガイドラインも参考にしつつ、全ての対象金融機関において模索・検討を進めている。
このうちAIに関しては、各事業者におけるAIモデルは現段階で構想段階、初期段階に過ぎないものの、今後より利用が拡大、中核化していく可能性があるとして、当局として動向を注視する姿勢を示しています。
実際、金融庁が実施した調査によれば、ある大手グループでは既にAIモデルを複数運用しているものの、第2線による検証については未実施という例がみられたといいます。
金融庁担当官は「現段階では、決算分析をより効率的に行うなど業務効率化の形でのAI活用が多いが、これがより進んでいくと、リスク管理のより中枢的なところにAIモデルが使われる可能性がある。AIが間違った答えを出してしまうモデルリスクは現在もあるわけだが、将来的に、その検証が困難になってしまうリスクがあると考えている」と話しています。
加えて、「足元で見れば、日本で今後金利がどれぐらい上がるかわからないが、今までのモデルというのはゼロ金利の中で作られてきたモデルなので、金利が上がったときに果たして正しい答えが返ってくるかというのも一つの論点になる」と指摘。「モデルを信じすぎないということが要諦だ」と念を押しました。