金は最強のリスクヘッジ商品である 分散、テール、信用、インフレ、通貨変動、流動性…
ドルベースの金価格はここ5年で約60%近く上昇し、何度も過去最高値を更新した。これを牽引したのは、投資需要の急増である。消費者が主な投資家である地金・金貨分野の年間需要は2022年に1237トンに達し、2019年の871トンから大きく成長した。2023年も第3四半期末現在で877トンを記録し、好調さを維持している。
中央銀行も、2022年に年間の最高となる1,082トンを購入し、2019年の605トンから躍進した。2023年も第3四半期末現在において保有を800トン増やし、過去の年間最高を更新する勢いである。機関投資家も多用している金ETFに目を向けると、2019年初の残高は2,470トンであったが、2023年11月末現在も3,240トンあり、約30%伸びている。また、金額ベースで見た場合、投資需要全体の成長傾向はさらに顕著であり、2019年の665億ドルに対し、2022年は1,270億ドルとほぼ倍増した。新型コロナウイルスの発生、地政学リスクの上昇、加速的に増幅したマクロ政治・経済環境の不確実性を受け、投資家が様々なリスクに対してヘッジ機能を持つ金に期待したことが背景にある。
金は分散リスク、テールリスク、信用リスク、インフレリスク、通貨リスク、流動性リスクなど、主な投資リスクのすべてに同時に対応できる(下図参照)。
(図表)投資リスクと金の特性
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分散リスク
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主要資産との相関が低い
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テールリスク
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テールリスク・イベント発生時のパフォーマンスが相対的に良好
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信用リスク
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発行体がない資産であるため信用リスクは存在しない
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インフレリスク
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実物資産であるためインフレに強い
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通貨リスク
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米ドルと逆相関の関係にある
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流動性リスク
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非常時でも換金性が高い
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この中でも、多くの投資家は金の分散機能とテールリスクヘッジ機能にもっとも大きな期待を寄せている。では、金はなぜこうした機能を提供できるのか?それを解く鍵は、金の需要構造にある。
地上にある金は21万トン弱と推測されている。その内訳を見ると、宝飾品(46%)、民間投資用(22%)、中央銀行による保有(17%)、産業用(15%)となっており、他の貴金属と違って分野別の需要は分散されている。また、全体需要の約7割を占める消費者需要(宝飾品および地金・金貨)の直近10年平均の内訳は、中華圏29%、インド大陸22%、ロシアを含むヨーロッパ12%、東南アジア11%、北米7%、中近東7%、その他12%と、地域別分散もかなり進んでいる。
金の三大需要家は「中国市場・インド市場・各中央銀行」
最大の需要家グループは、中国、インドおよび中央銀行セクターである。中国については、一般的な家庭において、収入の一部を金の購入に充て、貯蓄として資産形成の一環とする伝統が現在でも残っている。長い歴史において、当時流通した貨幣の価値が政権交代によって暴落または無価値になった教訓が、代々伝えられているからである。金は不動産、株式とともに3大投資・蓄財手段として認識され、その中でももっとも安全性が高い資産とされている。そのため、非常時の備えにもなるとして、婚礼や誕生日などの祝い事に金を贈答用として親しい人に送ることも非常にポピュラーである。
インドに関しては、多くの人が信じるヒンドゥー教において、金は富と繁栄の象徴であり、婚礼、宗教行事、誕生日、収穫などの祝い事に欠かせない存在となっている。それゆえ、都市部から農村部に至るまで、年配から若年層に至るまで、多くのインド人が年間を通して金と密接に関わった生活を送っている。購入される金製品は、将来の非常時に対する備えとしての意味も強く持つため、中国と同様に、相対的に質量が高い。また、近代的な金融システムが農村部まで機能していないため、金を担保にした消費者融資(ゴールド・ローン)が人々の生活資金ニーズを支えており、インド社会に根付いている。
一方、中央銀行が金を保有する主な目的は外貨準備における通貨分散である。ここ10年ほどの主な購入国は、ロシア、中国、カザフスタン、インド、トルコなどの新興国である。ロシアについては、欧米からの経済制裁に対抗するために金の蓄積を大幅に増やした側面も無視できない。また、IMFからSDRの構成通貨として人民元が認められた中国は、国際通貨の仲間入りを目指す過程において、自国通貨の信用力を担保するものとして金の保有高を積極的に増やし、信頼が揺らぐ米ドルやユーロとの差別化を図った歴史がある。インドやトルコに関しては、パンデミック等のテールリスクへの対応や準備資産の安全性の確保なども保有目的として挙げられている。
保有の目的が三者三様ゆえ、リスクヘッジになる
以上のように、金需要家の多くは必ずしも(特に短期)収益目的で金を保有しているわけではなく、おのおの異なる理由とタイミングで金を購入するため、世界の政治・経済情勢に大きく影響される株などの主要金融商品と異なる値動きを見せ、投資家にリスクヘッジ機能を提供できる。また、西側諸国の消費者と異なる保有目的を持つ中国およびインドの需要家の購入は、経済成長に伴い、過去30年で2.5倍ほど伸び、全体に占める割合も20%から50%に上昇し、金と他資産との相関関係を低下させることに寄与したことも注目に値する。さらに、投資パターンが民間セクターと異なり、かつ、数十年に渡り金を持続的に売却していた中央銀行セクターが、2010年に再びネット(純)購入者として構造的に転じたことも、値動きに影響を与え、金の資産分散効果を補強する要因になったと思われる。加えて、金は他のコモディティと比べ産業用の需要が低く、景気循環との連動性も弱い。こうした特性から、金は伝統的資産(株式・債券等)が良好なパフォーマンスをあげる平常時だけでなく、金融市場の混乱期においても投資分散機能を提供できる。
実際、マクロ環境の不確実性の上昇にともない、株式市場の変動性も増幅しているが、株価が通常の振れ幅で動いている時には無相関(米株との相関係数:-0.01)、株価が激しく下落した時には逆相関(米株との相関係数:-0.4)、株価が大きく上昇した局面では正相関(米株との相関係数:+0.4)を強める金価格の動きは、ここ数年も引き続き観察されており、金のポートフォリオ分散効果が最新データによって裏付けられている。債券や多くのオルタナ資産についても、相関が低いことが実証されている。また、近年、イベント・リスクの発生頻度が増しているが、新型コロナウイルスの勃発、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエル・ハマス衝突のような危機時にも、金は堅調なパフォーマンスを上げ、株などリスク性の高い資金の逃避先として機能したことはよく知られている。ブラックマンデー、米国同時多発テロ、リーマンショック、ユーロソブリン危機など、過去に発生したテールリスク・イベント時にも同様な現象が観察されている。
分散効果やセーフヘブンの提供だけでなく、実物資産である金はインフレにも強く、発行体が存在しないため信用リスクも持たない。また、ここ数年、自国通貨の毀損に対し、ヘッジ機能があることも知られるようになった。例えば、過去4年において、日本円およびインドルピーはドルに対して30%および20%ほど価値を低下させたが、逆に現地通貨ベースの金価格はそれぞれ約110%および90%上昇しており、多くの消費者に金の為替ヘッジ効果を印象付けた。さらに、リーマン・ショックやパンデミックなどの混乱時に値崩れせず、換金性・流動性が高いことも魅力の一つである。
以上のように、金はほとんどの投資リスクに対してヘッジ効果を提供できるが、その根源を成すのは分散された需要構造や実物としての特性であり、他の資産にない魅力を持つ古くて新しい資産である。