――海外投資家たちの目には今、日本株はどのように見えているのでしょうか。
海外の多くの投資家たちが近年、日本企業に強い関心を示している理由は、「安いから」の一言に尽きます。先日刊行した書籍でも言及した通り、アメリカの企業銘柄は市場の評価が高止まりしつつある中、バリュー投資家にとって日本市場は、潜在的な価値向上の可能性を秘めた銘柄が眠っている貴重な宝の山と言えます。23年の東証の改革要請や岸田文雄前政権から続く「資産運用立国」の取り組みも、海外勢の期待感を高めている要因です。
――トランプ政権による関税措置の方向感が定まらず、日本市場も翻弄されています。
そもそも日本市場への投資マネーの流入は、米中関係の悪化という外部要因が強く関係していました。したがって、トランプ政権の政策運営がもたらす混沌とした状況においても、海外勢が日本への投資を前向きに検討する基本的な流れは変わらないとみています。その上でいえば、こうした逆風の中でも変革を確実に遂行し、(企業改革が進まず株価が伸び悩む)「割安の罠」を脱却して価値向上を実現できる企業経営者側の手腕が、これまでよりいっそうシビアに問われる時代になったことは間違いないでしょう。
――割安の罠を脱却する企業をどのように見極めるのですか。
多くの日本企業に共通している課題は、経営効率を阻害するコングロマリット形態からの脱却です。国内でも日立製作所やレゾナックHDなど、本業への選択と集中を果敢に進めて市場の評価を高めた例はありますが、現時点ではごく一握りにとどまっています。
同業他社との競争力をつけ利益率を高める行動に踏み出せるかどうかは、経営者の決定力にかかっています。私はこれまでの経験から「自社株式を売却したことのない創業者」が特に顕著な課題解決力を持っているという仮説を持っています。その考えの下で設定した独自インデックス(「Horaizon Kinetics Japan Founders Index」)を運用しており、トラックレコードは仮説の有効性を十分に裏打ちしていると考えています。
――「資産運用立国」政策をどのように評価していますか。
一連の政策は投資家の目を日本に向けさせる上で一定の成果をあげたと評価しています。ただ、日本の当局や取引所による企業や投資家の規律付けが基本的に、日本特有の「恥の文化」に依存している点には改善の余地があるのではないでしょうか。
たとえばアメリカではエリサ法やレブロンルールによって、(機関投資家による投資判断に顧客の利益追求以外の事柄が入り込む)「他事考慮」が厳格に禁じられています。海外勢から見た市場の透明性を高め、より多くのプレイヤーが安心して参加できる環境を作るため、日本の当局にはより実効性の高い制度整備を期待しています。
――日本の市場参加者に伝えたいメッセージはありますか。
今回の著書に込めた最大のメッセージは、投資家や経営者を含む日本の人々に、自国がこれから進んでいく道を自分自身で選びとってほしいということです。日米両国の株式市場を長年ウォッチしてきた身として、米国に比べた日本市場の課題は少なくないと考えていますが、だからといって何もかもアメリカ式が唯一の正解だなどと単純化するつもりはありません。
トランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」の理念は日本など同盟国にまで負担を強いるものであり、国際社会の行方はますます見通せなくなっています。こういう時代だからこそ、日本国内の投資家が担う役割はますます大きいのではないでしょうか。海外勢がいくらお金を積んだところで、結局、日本の企業の経営層が耳を傾けるのは、同じ日本の機関投資家たちの言葉だからです。
ワイズマン廣田綾子氏
東京都生まれ。国際基督教大卒。1983年、スイスの経営大学IMDでMBAを取得。84年に渡米後、証券アナリストに。87年より米国株投資担当のファンドマネジャーとして年金基金や労働組合等の米機関投資家の資産運用に携わる。2000年よりヘッジファンドに移籍し、日本株のロングショート戦略で資金運用を担当。10年より現在在籍しているホライゾン・キネティックス社でアジア戦略担当のディレクターとして、日本を含むアジア市場での運用担当に。Nippon Active Value Fund社外取締役、SBIホールディングス、東芝で社外取締役を歴任。現在、米国ニューヨーク州在住。
写真:稲垣純也