
MFSインベストメント・マネジメント
CEO
テッド・マロニー
長期的な視点でマーケットをみる重要性
――今年前半のマーケットを振り返り、印象的なことはありましたか。
マーケットのボラティリティがさまざまな方向で高まったという印象を強く受けています。昨年末から今年の年初にかけては、地政学リスクの高まりで株価は調整したものの、マクロを好感して2月にかけて反発しました。
しかし、その後はトランプ大統領が矢継ぎ早に打ち出した政策に対する懸念や、とりわけトランプ関税の影響により、株価は大きく下落しました。
このような株価急落を目の当たりにした時、多くの投資家は我先にとポジションを縮小し、損失が拡大するのをできるだけ抑えようとします。しかし長期投資家にとって、このようなマーケットの急落はむしろ歓迎すべき投資機会です。長期的視点に立てば、株式や債券が持つ本源的な価値が大きく変わるようなことはないので、マーケットが急落すれば、本源的な価値を安い価格で買えるチャンスにつながるからです。
もうひとつ、マーケットを見るうえで留意しておくべきは世界主要国のインフレ率の推移です。新型コロナウイルスの感染拡大を機に、世界主要国の中央銀行が実施した大幅な緩和政策により、インフレになりやすい環境が醸成されています。金融政策はマクロ経済に大きな影響を及ぼすので、今後、各国中央銀行がどのような金融政策をとってくるのかには注目するべきでしょう。
インフレに大きな影響を及ぼす労働コストにも注意が必要です。生産拠点の国内回帰を進めるなど米国で内向きな政策が続いているため、国境を越えた労働コストの裁定が働きにくくなっています。このことは、インフレの要因として働くと考えられます。
――マクロ経済をどのように見通せばよいのでしょうか。
経済統計はその性質によって、「ハードデータ」と「ソフトデータ」に分けることができます。
ハードデータはGDP成長率や物価指数、鉱工業指数など、経済活動の結果を集計したデータです。対して、ソフトデータは調査機関が行うアンケートの結果を用いて、景況感など経済活動の方向感を把握するデータです。
昨今の米国での動きを見ると、GDP成長率は堅調ですが、投資行動に関する調査結果は軟調です。つまり、ハードデータとソフトデータの間の乖離が広がっているのですが、これは早晩、収斂していくでしょう。それは、GDP成長率などハードデータが軟調になることで引き起こされるものとみています。
ただ、株式でも債券でもそうなのですが、実際に投資する際にはマクロデータの分析よりも、個別銘柄レベルでの分析、具体的に言えば、それぞれのバリュエーションをしっかり吟味することが大事です。というのもバリュエーションは往々にして本源的な価値を反映できていないことがあるので、それを分析したうえで、取るべきリスクか、取るべきではないリスクかを判断するべきだと考えています。
――今年後半から来年にかけてのマクロ環境の見通しを教えていただけますか。
われわれは長期投資家ですから、目先の短期的な見通しには囚われたくないと常に考えています。恐らく米国の成長率はやや鈍化し、インフレ率はやや高くなると見てはいますが、長期的視点を忘れず、有望な投資機会が存在しているマーケットにベットしていきます。
国によって投資機会が期待できるところ、期待できないところはありますが、ポートフォリオの観点としては、米国よりも他の国・地域にシフトさせていくことになるでしょう。現状、米国は多額の財政赤字を抱えていますし、ドルにとって逆風になりそうな課題をいくつも抱えているからです。
また、米国の株式市場は、「マグニフィセント7」に見られるように、少数の銘柄に対する集中度が異様なまでに高まっています。この傾向はいささか危険であり、米国株式への投資比率を、対ベンチマークで多少、引き下げる方向で見直す必要があると考えています。
米国株式に代わる新たな投資先
――投資資金をシフトさせるとしたら、どんな資産・地域が有望ですか。
世界を見渡せば、常に価値がある投資先は見つけられます。米国の成長率はやや低下しているものの、総悲観ではありません。堅牢なビジネスモデルを持ち、強固なサプライチェーンを構築し、インフレ下においても価値を保持できる企業は存在しており、それは有望な投資先になります。
環境変化によって、現在のクオリティカンパニーがその座から降ろされるケースがあるように、逆の現象もまた起こり得ます。つまりアンダーバリュー銘柄が買われるということです。国別で見れば、米国に対して欧州や日本はアンダーバリューであり、投資妙味が高まっていると言えるでしょう。
日本はコーポレートガバナンスが良くなっていますし、何よりもインフレが常態化してデフレ経済から脱却できました。また、欧州では防衛費増額により防衛関連産業への投資が活発化しそうです。これらの理由から、米国以外の国・地域の投資妙味が高いといえるでしょう。
――一方で、債券投資の魅力はどこにあるのでしょうか。
債券マーケットは国・地域に関わらず総じてクレジットスプレッドが縮小しています。これは投資上のリスクにつながりますが、この状況がいつまでも続くとは思っていません。過去数年、債券市場にはほとんどクレジットサイクルがありませんでしたが、今後はそれが生じて、クレジットスプレッドが拡大するでしょう。
ただ、それは一様に起こるのではなく、銘柄ごとに個別の動きをすると思われ、そこに投資機会があると考えています。
基本的に、債券市場においてはサブアセットクラスが多く、それらを個別に評価するのは極めて困難です。それだけに、債券運用はそれを専門に行っているプロに任せることが、リターンの改善につながると思います。
今はかなりクレジットスプレッドが縮小したマーケットですが、数年前にも同じような環境がありました。その時は全体ではデュレーションを中立にしたうえで、欧州ロング、米国ショートのポジションを取ることによって成果が得られました。
このポジションは今後スプレッドが変わっていくことを投資機会として捉えたものでしたが、同様にスプレッドがタイトになっている現在にも通用するのではないかと考えています。
――1924年に初のミューチュアルファンドが誕生した米国は、100年超の「投資信託」の歴史を有しています。新NISAのスタート以降、貯蓄から投資へのこれまでにない大きな変化に直面している日本の投資家が米国から学ぶべき点は何でしょうか。
米国の資産運用業界には長い歴史がありますが、それでもまだまだ米国も他の国に学ばなければならない点がたくさんあります。長期のタイムホライズンで投資する投資家である以上、大事なのは長期的視点を持つことです。
―――新NISAのスタート以降、全世界株式や米国株式のインデックスファンドがブームになっています。いわゆる「プレーンバニラ」の株式インデックス以外の資産・運用手法に分散を図る意義についてどのような意見をお持ちですか。
全世界株式にしてもS&P500にしても、今ほど分散されていない時期は無かったと思います。特定の銘柄への集中度が高まった結果、現在まで(※2025年7月10日取材)は高いパフォーマンスを実現してきました。
ただ、このようにあまりにも集中度が高まったインデックスに投資し続けることは、いかがなものでしょうか。過去半世紀あまりを振り返ると、同じように集中度が高まった時期が2回ありました。1970年代前半の「ニフティ・フィフティ相場」(ハイテク株など一部の成長企業“50銘柄”が市場を牽引した相場)と、2000年の「ITバブル」です。この2回とも特定の少数銘柄への買いが集中し、その後は株価が暴落しています。長期的に値上がりしてきたものに今から投資するのは危険であり、その意味でもさまざまな資産クラスに分散投資することの重要性が高まっています。