「介護編」試行版を公開
近年、金融庁は地域金融機関に対し、各地の企業の事業をサポートするコンサル的な役割を強化するよう働きかけを強めています。
その一環として、地銀などの若手職員や経験年数の浅い職員が、事業者支援の着手の入口となる初期段階でうまく対応するための手引きとして作成しているのが、この「業種別支援の着眼点」です。2023年の初公表時は建設業、飲食業、小売業、卸売業、運送業の5業種のみでしたが、翌年に製造業、サービス業、医療業を追加。現在までにこの8業種分が確定しています。
そしてこのたび、事業委託先の帝国データバンクが、介護業と宿泊業2業種分の追加文案(「試行版」)を公表しました。介護業の試行版では、中小介護業の事業者を支援する際の「目利き」のポイントとして、「基本編」「決算資料編」「訪問時編」の3段階に分けて解説しています。
このうち「基本編」では、社会保障の一部であるため介護保険によって公定価格が決まっていること、収入に上限があるため効率性・生産性が事業収益を左右すること、人員体制・サービス・設備の充実が収益とトレードオフの関係にあることなど、文字通り業界の基本的な特性が分かりやくまとめられています。
「決算資料編」では、サポート先の事業者の財務関連資料をみる際、介護収入に占める人件費の割合に着目するよう指南。相場はおおむね60~70%ですが、大事なのは単にこの水準から乖離しているかどうかではなく、唐突に大きな変化があるかだと説明します。
というのも、人件費率に大きな変化がある場合には、「引き抜き等による社員の退職」「従業員の確保が困難」「社内風紀の乱れによる退職」といったまずい事象が起きている可能性があるからです。
介護事業者の訪問時に押さえたいポイントは…
そのうえで「訪問時編」では、事業者内の風通しのよしあしを現場で確認するよう、繰り返し強調しています。
職場コミュニケーションが大事、なんて一見どの業種にもあてはまる当然のことのようにも思えます。が、こと介護分野では、風通しのよさが「パート職員の業務量やスケジュール調整がうまくいきやすく、正社員の負担も軽減される」といった良好な経営環境に直結すると説明。「仲間意識が強く新人がなじみづらい」など小さな不満が退職原因のきっかけになるとして、注意を呼び掛けています。
また、事業者の訪問時には利用者ごとの要介護度の確認をするよう促しています。要介護度は「単価」につながるからです。さらに、介護分野で「よくある経営者タイプ」として「業務の拡大を続ける経営者」型、「人が集まる経営者」型、「ボランティア精神が強い経営者」型――の3タイプを例示。業務拡大型では「新規設備等の借入金で資金繰りを回している可能性もある」、ボランティア精神型は「利用者確保に向けた営業活動が弱くなることもある」など、それぞれの特性を記載しています。
このように文案を読み進めていくと、尊敬すべき重大な社会的役割を担う介護の世界で、制度的、財政的な制約下、業界のエコシステムを維持・成立させるため、現状で誰にしわよせが集中しているのか、本来は誰が負担を引き受けるべきなのか――明確な唯一の答えはないにせよ、あらためていろいろと考えさせられるところがあります。また、仮に経営状況の「良好」な事業者を見つけたとして、その事業者を自身や親族の身の預け先として選びたいかという問いは、また別の悩ましい議論を引き起こしそうです。実名つきで事例が紹介されているわけではないにせよ、今回の文案は抽象化された生々しさのような、不思議な手触感のある資料といえるでしょう。
いわゆる霞が関文学のなかでも、委託事業の調査資料は情報発信の責任がある程度分散されることもあり、結果的に読み応えのある仕上がりとなることが多いようです。今後も注目に値する資料について、随時ご紹介していきます。