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「最善利益義務」の監督指針を読み解く【後編】

安野淳
安野淳
山口フィナンシャルグループ
2024.11.22
会員限定
「最善利益義務」の監督指針を読み解く【後編】

2024年10月30日に誠実公正義務に関する監督指針に対してのパブリックコメントと金融庁の考え方が公表された(末尾に抜粋を掲載)。これに、前編で紹介させていただいた『旬刊商事法務 No.2359 2024年5月25日号』の『顧客本位の業務運営と「最善の利益」の法定』の論旨を合わせて考えてみると、次のようなメッセージが浮かび上がってくるのではないか。なお、前編同様に本文中の意見にわたる部分は所属組織の意見ではなく、筆者の個人的見解である。

 

  • 最善利益義務は、顧客一人ひとりによって、また、同一の顧客であっても当該顧客の置かれた状況等によって異なり得る。
  • 最善利益義務を実現する方法については金融事業者のビジネスモデル等によって異なり得るもので、各金融事業者等において考えるべきもの。
  • 最善利益義務の遂行に絶対的な水準が一律に要求されるものではない。
  • 必ずしも短期的・形式的な利益に限らない実質的な意味での最善利益義務が求められる。
  • 業績評価をはじめとする組織運営のあり方やプロダクトガバナンスなども含めたビジネスモデルそのものに最善利益義務を勘案することが求められる。
  • 最善利益義務を勘案することと金融事業者の収益性は両立可能。
  • 違反した金融事業者が当然に民事上の損害賠償責任を負うことを規定する意図はなく、裁判上の規範としての機能については、今後の裁判実務の積み重ねにゆだねられることになるが、最善利益義務が条文上、明示的に求められることを踏まえ、民事訴訟等において活用される例が増えれば、顧客本位の業務運営の取組みに対する影響も生じる。
  • 金融事業者が顧客の最善利益を勘案せず、誠実公正に業務を行わないことで、社会に付加価値をもたらさなければ、経営の持続可能性は確保されない。

 

このように規定自体が抽象的な上に、実現する方法そのものを金融事業者自身が考えなければならず、裁判上の規範についても、今後の裁判実務の積み重ねにゆだねられるとされている「最善利益義務」に対して、販売会社はどう向き合えば良いのだろうか。

 

かつて、こんな話を耳にしたことがある。ある販売会社の投資信託のチームに、自己資金での投資信託購入を予定している同社の幹部社員から商品を推奨して欲しいとの依頼がもたらされた。メンバーは幹部社員のために知恵を巡らせ、推奨商品リストを作成した。ところが、驚くべきことにそのリストの中には同社の売れ筋ランキングベスト10の商品が一つもなかったそうだ。多くの顧客に販売している商品と身内に推奨する商品が大きく異なってしまう事実は何を意味するのだろうか。

 

筆者は、このエピソードに今回の「最善利益義務」に対処する重大なヒントがあるように思えてならない。極めて単純化して言えば、販売会社は自らが販売している金融商品を自分や自分の家族、あるいは友人や友人の親御さんのために選定する場合と同一の姿勢をとらなければならない、ということに帰結するのではないだろうか。なぜならば、自分や自分の家族、あるいは友人や友人の親御さんのために選定する場合は、属性や置かれた状況等をきちんと勘案して、最善の利益に繋がる商品を無意識に選定しているからである。

 

顧客が望んでいる、つまり顕在化した顧客ニーズに基づけば、どのような金融商品の販売も正当化できるというロジックがもはや通用しなくなったことを販売会社は自覚せざるを得ない中、潜在顧客ニーズへの目配せが最低限必要であるだけでなく、最善利益義務を考慮しない販売がもうあり得なくなった。そして、その実現のためには、販売額や収益といった販売会社本位の目標やノルマから、顧客信頼度の獲得に資する目標に変えることが求められているし、製販ともにプロダクトガバナンスは今や必須である。

 

こうしたことは、最善利益義務を追求することで販売員の行動変容を促すことが販売会社の責務として明確になったことを意味している。この責務を果たすことが出来た販売会社だけが、顧客からの信頼を勝ちえ、預かり資産を増大させることが期待でき、金融庁の言うところの「顧客の最善の利益を勘案することと金融事業者の収益性とを両立させることは否定されない」という状況を実現させることが可能となるのではないか。

 

【参考】 誠実公正義務に関する監督指針に対しての主なパブリックコメントと金融庁の考え方(抜粋)
     (2024年10月30日公表)

項番

コメントの概要

金融庁の考え方

1

全般

1-1

「顧客の最善の利益」の定義がされていないが、例を挙げていただくことは可能か。例えば、定量的な観点で金銭的な損益を重要視する顧客もいれば、定性的な観点で換金性を重要視する顧客、また同じ顧客でも場合や状況によって重要視する観点が違う等、様々な状況があると考えられる。そのような様々な観点を踏まえて、金融商品取引業者などの金融事業者自身で「顧客の最善の利益」を考えればよいか。

ご指摘のとおり「顧客等の最善の利益」は顧客一人ひとりによって、また、同一の顧客であっても当該顧客の置かれた状況等により異なり得るものであり、さらに、それを実現する方法については金融事業者のビジネスモデル等によって異なり得るものと考えられます。したがって、「顧客等の最善の利益」は各金融事業者等において考えられるべきものであり、一般的な例を挙げることは適当ではないと考えられます。

1-2

金融商品取引業者などの金融事業者自身が「顧客の最善の利益」になると考えて商品・サービス提供を行っても、市場環境の想定外の事象等で顧客に損失が発生するような事態はゼロにはできないと考える。結果的に損失が発生したという事実のみをもって、金融事業者が誠実公正義務を果たさなかったとはみなされないことを確認したい。

各監督指針等において「必ずしも短期的・形式的な意味での利益に限らない『顧客の最善の利益』」と記載しているとおり、結果として経済的な利益が生じなかったことのみをもって、直ちに新設する誠実公正義務の違反となるものではないと考えられますが、金融事業者等の業務運営の実態を総合的に考慮して「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行」していないと認められる場合には、同義務の違反となり得る点に留意が必要と考えられます。

1-3

今般の金融サービス提供法施行令案第2条により「顧客等の最善の利益」(顧客本位の業務運営に関する原則の原則2.と同趣旨の内容と認識している。)を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に業務を遂行する義務が業務横断的に適用されることになると認識している。

各業法における監督指針の改正案においても、

・「顧客の最善の利益」をどのように考え、これを実現するために自らの規模・特性等に鑑み、組織運営や商品・サービス提供も含め、顧客に対して誠実かつ公正に業務を遂行しているかを検証する。

・金融商品取引業者の誠実公正義務上の課題については、深度あるヒアリングを行うこと

等が新たに規定されたが、同義務の具体的な適用にあたっては、一律的な適用・運用とするのではなく、以下の点等を踏まえ各金融事業者の規模、特性等を鑑み総合的に判断されるとの理解でよいか。

1.金融商品取引事業者等が、同義務の適用を過大に意識することにより、正当な業務運営を通じての適正な利益を追求することに対して萎縮する状況が発生しないこと

2.金融商品取引業者の規模・特性に加え、取り扱う個別の金融サービス、金融商品においても、それを規制する各業法等や、その金融サービス・金融商品の特性から要請される「顧客等の最善の利益」、「誠実公正義務」の内容は一律ではないと思われること。

新設する誠実公正義務を履行する方法は、それぞれの金融事業者の事業の内容等やそれぞれの顧客の状況等により異なり得るものであり、形式的・画一的に定まるものではないと考えられます。また、各監督指針等において「社会に付加価値をもたらし、同時に自身の経営の持続可能性を確保していくためには、顧客の最善の利益を勘案しつつ、顧客に対して誠実かつ公正にその業務を行うことが求められる」と記載しているとおり、顧客の最善の利益を勘案することと金融事業者の収益性とを両立させることは否定されないものと考えております。

なお、手数料の多寡や有無に応じて、顧客に提供するサービスの内容を異ならせることが一律に否定されるものではありませんが、サービス提供等にあたり手数料を受領しない場合においても、法令上、新設する誠実公正義務の対象となる業務を行うときには、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行」することが求められることにはご留意ください。

2

主要行等向けの総合的な監督指針

2-1

主要行等向けの総合的な監督指針Ⅲ-3-1-5-1「主な着眼点」における「社会に付加価値をもたらし、同時に自身の経営の持続可能性を確保していくためには」という記載は、「顧客の最善の利益を勘案しつつ、顧客に対して誠実かつ公正にその業務を行うこと」によって目指されている姿が、社会に付加価値をもたらすことで、同時に、自分自身の経営の持続可能性が確保されていくものであると示したもの

であって、金融事業者が利益を得てはならないという趣旨ではなく、顧客と金融事業者の双方の利益がWin-Winの関係になることが目指されているとの理解でよいか。

ご理解のとおりです。

2-2

主要行等向けの総合的な監督指針Ⅲ-3-1-5-1「主な着眼点」における「自らの規模・特性等に鑑み、組織運営や商品・サービス提供も含め」という記載は、業績評価を始めとした組織運営のあり方について、「規模・特性等に鑑みての組織運営」を踏まえると、例えば、各社の規模・特性等に鑑みて、プロダクトガバナンスに向けた検証分析を行う組織体制の明確化や取組みに関する明示があること等も含まれるとの理解で良いか。

新設する誠実公正義務を履行する方法は、それぞれの金融事業者の事業の内容等やそれぞれの顧客の状況等により異なり得るものであり、形式的・画一的に定まるものではありませんが、ご指摘の方策についても取組みのあり方として有用になり得るものと考えます。

2-3

主要行等向けの総合的な監督指針Ⅲ-3-1-5-1「主な着眼点」における「組織運営や商品・サービス提供も含め、」の趣旨は、各取引における顧客への適切な情報提供等の観点だけでなく、業績評価を始めとした組織運営のあり方、商品ラインナップのあり方などのプロダクトガバナンス、これらに係る経営陣・第2線・第3線の適切な関与といった内容も、監督上の着眼点に含まれると示したものとの理解でよいか。

ご理解のとおりです。

 

2024年10月30日に誠実公正義務に関する監督指針に対してのパブリックコメントと金融庁の考え方が公表された(末尾に抜粋を掲載)。これに、前編で紹介させていただいた『旬刊商事法務 No.2359 2024年5月25日号』の『顧客本位の業務運営と「最善の利益」の法定』の論旨を合わせて考えてみると、次のようなメッセージが浮かび上がってくるのではないか。なお、前編同様に本文中の意見にわたる部分は所属組織の意見ではなく、筆者の個人的見解である。

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安野淳
やすの・じゅん
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1989 年4 月、日本興業銀行(現:みずほ銀行)入行。 2017 年5 月、金融庁入庁。 2023 年5月、山口フィナンシャルグループ入社、現在に至る。
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