政府は2024年1月にNISAを恒久化し、その投資枠を年360万円に拡大する。自民党税制調査会(税調)のメンバーや公明党からは「富裕層への優遇になる」との慎重論が相次いだなか、元JPモルガン証券副社長で自民党財務金融部会長の中西健治氏らが制度を拡充する必要性を力説し、与党内の方向をまとめた経緯があった。その中西氏が党内論議を振り返り、新NISAが日本の金融市場に及ぼすインパクトについて語った。
――NISA改革への熱意は永田町随一とも言われます。
政府が「貯蓄から投資へ」と唱え続けても、なかなか「笛吹けど踊らず」の状況から脱せず、忸怩(じくじ)たる思いでした。私が金融から政治の道へと進んだ2010年ごろは、日本の個人金融資産の規模が1500兆円ほど。その後も右肩上がりに増えてゆき、新型コロナ禍で消費が低迷した影響もあって、現在では2000兆円を突破しています。そのうち半分が預貯金で占められているのは、日本にとって「もったいない」と言わざるを得ません。
これまでの30年間はデフレでした。あらゆる金融資産のなかでも現金の価値が大きかったので、現預金という形で家計が蓄えるのも合理的な選択といえます。ところが世界経済のインフレが加速し、日銀も今月20日に金融緩和政策の事実上の転換を打ち出しました。インフレになれば現金での貯蓄は損になります。例えば株式に投資するのも選択肢のうちに入れる必要が出てきます。
コロナで飲食業や小売業などが苦境に陥った一方で、国の税収は過去最高になっています。GDPは低成長が続くのに税収はバブル期を上回っているということは、収益が上がっている国内企業がたくさんあるということです。その恩恵を家計が受けられるようにしたい。もちろん賃上げという形でも応えていかなければなりませんが、家計が金融資産を持っていれば、そちらからも利潤を得られます。そういう好循環を何とか実現していきたいです。
――自民党の財務金融部会長として、NISA改革の党内論議を率いてきました。
政治家13年目となる今年、志願して党の財務金融部会長に就きました。岸田文雄首相が「資産所得倍増プラン」を掲げた折ですので、それに見合った仕事をしたいという思いから、年末の自民党税調では一般NISAを大幅に拡充する必要性を繰り返し訴えました。税調の平場の総会は国会議員が200何十人も集まりますが、部会長という立場なら何度でも発言できます。そこで大演説をぶった(笑)。財金部会の他のメンバーも1回しか発言が許されないなか、それでもみなさんが挙手してNISAについて発言してくれました。国会議員というのは様々な団体から陳情を受ける存在ですから、年に1度の税調の場では他にも発言したいテーマがあったはずです。それでも財金部会のメンバーや部会に近い人たちは、NISAの優遇を広げるべきだという方向で全員が足並みをそろえ、ワンボイスになっていました。
今回の改正で大きかったのは、一般NISAの後継として「成長投資枠」を勝ち取れたことです。私は「一般NISAを発展させた制度が絶対に不可欠です」と訴え続けてきました。理由は2つあります。まず個人のライフステージを考えたときに、まとまった額の退職金を得たシニア層が今さら「つみたてNISA」を活用するとは考えにくいこと。もうひとつの理由は、つみたてNISAが長期分散投資を主眼としているため、つみたてNISA経由で買われる投資信託が海外バランス型に偏りがちなことです。これでは国内の成長投資に資金が回っていきません。その点、一般NISAであれば国内株への投資が非常に多い。日本企業の成長原資となるには、やはり一般NISA的な制度が必要になってきます。このような話を税調の場で丁寧に説明していきました。
――与党内には一般NISAの拡大に懐疑的な見方もありました。
自民税調のインナー(ベテラン幹部)や公明党には2つの懸念があったようです。投資枠の拡大が「お金持ちへの優遇」と批判されかねないとの意見と、低位株への投資に使われて万馬券のように儲かった利益に課税しないのは本末転倒だという意見です。私のように金融の世界にいた人間からすれば、この程度の優遇で超富裕層が動くとは思えません。中所得層への恩恵のほうが、はるかに大きい。なかにはNISAを使って特殊な買い方をする人はいるかもしれませんが、それは別にNISAに限った話ではないですし、それをもって多くの方の資産形成に役立つ制度を否定する論理にはならないと主張しました。何とか消極的な方々を説得できました。
――年間投資枠の拡充幅の大きさはサプライズでした。
日本のNISAのモデルになった英国のISAは、年間投資枠が最大2万ポンド(約330万円)です。24年からのNISA新制度は、つみたてNISAの年間投資枠が120万円、一般NISAを引き継いだ「成長投資枠」が240万円で、合計360万円まで広がります。年間の枠では本家に引けを取るどころか、本家を超えます。一方で生涯投資枠は1800万円を上限と定め、そのうち成長投資枠の上限を1200万円としたのは現時点では致し方ありません。すでにNISA口座をお持ちの方が、枠の上限まで活用している状況ではないからです。24年から始まる「成長投資枠」は、目いっぱい資金を入れ続けても5年は使える設計です。枠を使い切る方が多いかどうかを見極めながら、生涯投資枠の拡大に向けた議論を進めていきます。
つみたてNISAについて述べますと、年間投資枠が現行の40万円では12カ月で割り切れず、使い勝手の悪い設計になっていました。それが年間120万円と3倍に引き上げられ、1カ月あたり10万円ずつ積みたて投資できるようになります。月10万であれば相当な期待を集めるのではないでしょうか。例えば将来的に月10万円くらいずつ返済する住宅ローンを組もうとしている世帯が、あらかじめ「つみたてNISA」で10万円ずつ積みたてておいてローンの頭金をつくるような活用法がありますね。
さらに私がずっと主張してきた「つみたてNISA」と「一般NISAの後継制度」(成長投資枠)の併用も実現できました。従来は一方しか選べませんでした。「どちらか選べ」となれば、制度を利用したくても「どちらにしようか」と迷ってしまうのは当然です。ライフステージに合わせて、どちらも使えるようになるのは大きい。あと、「つみたてNISA」や「成長投資枠」を使って買った投信や株を売却した後に別の金融商品を買う場合、投資枠の「再利用」が可能となります。非課税期間が無制限となっても、長い目でみれば投資先の業種に栄枯盛衰はつきものです。今までのように、一旦ある業種の株式に投資してしまったら、その投資枠を再利用できないようだと、長期的な資産形成にはマイナスでしかありません。こういう不都合も今後は解消されます。
――NISA改革の今後の課題は。
一連の折衝で唯一実現できなかったのが、ジュニアNISAの事実上の継続です。そもそも現行でも年110万円まで生前贈与を認めているわけですから、子や孫に向けた資産形成をNISAで行うというのは至って自然な発想です。しかしながら18歳未満の本人に代わって投資できることへの抵抗が大きかったのだろうと思います。もし将来、実現の機運が高まるとすれば、未成年者への金融教育の充実が前提となります。今回の税制大綱でも金融リテラシー向上のための中立的な機関をつくると盛り込まれました。おそらく法案の形にまとまるでしょう。社会人だけでなく中高生のリテラシーが上がってくれば、18歳未満のNISAについても再び議論が盛り上がってくるとみています。
――新NISAによって日本の経済・金融はどのように活気づいていくでしょうか。
さっそく2023年に起きそうなのが、現行NISAの駆け込み需要です。1800万円の生涯投資枠は24年1月からの新制度に適用されるため、23年12月までに「一般NISA」や「つみたてNISA」に投資した分は生涯投資枠に計上されません。今のうちにNISAを始めれば事実上、生涯投資枠が1800万円を超えます。金融機関はこのあたりの仕組みを宣伝し、24年にスタートする新制度への弾みにしていただければと思います。
新NISAによって日本でも「貯蓄から投資」が進んできたとの実感が広がれば、海外の資産運用会社が日本に参入してくるでしょう。日本の膨大な個人資産の山が動く好機を見逃すはずがありません。日本の国際金融センター化にも貢献するでしょう。私は菅義偉内閣で財務副大臣を務めていた際、国際金融人材を日本に受け入れるための規制緩和やインフラ整備に取り組みました。ただ、足りなかったのは「お金のにおい」でした。個人による投資が増えて国内市場が盛り上がってくれば、「所得税が高い」などという理由で日本市場を敬遠してきた海外投資家も日本に注目せざるを得ません。デフレと超円高からは脱却しました。新NISAを日本市場のマインドセットを変える起爆剤にしていきます。