妻の苦しみを理解しない謙介

その日、百合子が帰ったあとも、一向に怒りは収まらなかった。志保は謙介が帰宅するなり、口を開いた。

「謙介、話があるの」

「どうした?」

「お義母さんのこと、もう限界なの。今日は、私の両親まで悪く言われたんだよ」

「本当?」

「本当よ。今すぐ合鍵を返してもらって。私の留守中に出入りされるのも、勝手に掃除したり料理に手を出したりされるのも嫌なの」

一気にまくし立てると、謙介は困ったように眉を寄せた。

「でも母さん、志保のことを嫌ってるわけじゃないよ。むしろ大事に思ってるから口を出すんだろ」

「だとしても私は嫌」

「掃除だってしてくれるんだから、助かるじゃん」

「全然助かってない。勝手に家に入られるのも、物を動かされるのも嫌だって言ってるの」

志保がここまではっきりと百合子への不満を口にしたのは初めてだった。しかし謙介は、深刻に受け止める様子がない。

「独りで寂しいから、世話を焼きたいんだ。志保だって、母さんに悪気がないのは分かってるだろ?」

「悪気がなければ、何をしてもいいの? 何をされても我慢しなきゃいけない?」

「そういう意味じゃない。ただ、長い付き合いになるんだから、うまくやってよ」

その言葉を聞いた瞬間、志保は自分の身体が急速に冷えていくのを感じた。夫だけは自分の味方になってくれる。どこかでそう信じていた分、期待を裏切られた落胆は大きかった。

「志保……?」

「もういい」

「夕食は?」

「1人で食べて」

志保は寝室へ向かい、スマートフォンを手に取った。実家の母の名前を表示させ、しばらく画面を見つめる。しかし、結婚生活がうまくいっていないと知れば両親がどれだけ心配するだろうと考えると、結局、通話ボタンを押せなかった。

ベッドに身体を横たえ、天井を見つめているうちに時間だけが過ぎていった。

●合鍵を使って無断で家に入り、家事への口出しだけでなく両親まで否定する義母・百合子に限界を迎えた志保。夫・謙介に助けを求めても「悪気はない」「うまくやって」と取り合ってもらえず、誰にも相談できないまま1人で苦しみを抱え込んでいく…… 後編【「私、離婚したい」義母のアポなし訪問、家事批判…追い詰められた妻が気づいた“本当の問題”】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。