久しぶりの家族旅行を前に
シルバーウィークを目前に控えた夜、森田家のリビングには3人分の旅行カバンが並んでいた。
「着いたら、まず何食べる?」
ソファで観光情報を見ていた大学生の息子・翔太が顔を上げる。彩子はパッキングリストを持ったまま、振り向いた。
「ママはやっぱり海鮮かな。せっかくなら地元のお店がいい」
「また食べ物の話か」
キッチンへ飲み物を取りに行っていた夫の和俊が愉快そうに笑い、彩子も冗談交じりに返した。
「もちろん。めいっぱい食べるために胃薬も持ったんだから」
「そりゃすごいな」
「さすが母さん」
家族旅行は久しぶりだった。大学生になった翔太はアルバイトや友人との遊びの時間が増え、家族3人の予定が合うこと自体少なくなっている。だからこそ、彩子は今回の旅行を何か月も前から楽しみにしていた。
「胃もたれしたら私に言ってね。ちゃんと2人の分も――」
そのとき、テーブルに置いた彩子のスマートフォンが鳴り始めた。画面には勤務先の名前が表示されている。嫌な予感を覚えながら電話に出ると、なんと担当している取引先との間で問題が発生したという。詳しい状況はまだ分からず、彩子が直接対応する必要があると告げられた。
「明日中には片付きますよね?」
一応尋ねてみたものの、芳しい答えは返ってこなかった。電話を切ったあと、彩子はしばらく頭を抱えた。
「彩子、大丈夫か?」
「……うん、仕事でトラブルがあったけど大丈夫。明日必ず解決するから」
