始動した4つの「再発防止策」
証券取引等監視委は12月23日、金融庁に出向していた元裁判官の男を金融商品取引法違反(インサイダー取引)の疑いで東京地検に告発しました。
男は2024年4月1日付で金融庁企業開示課課長補佐に着任。監視委によれば関東財務局を通じて金融庁に寄せられた事前相談によってつかんだ10銘柄分のTOB案件の情報をもとに、9月までに対象銘柄株式を合計900万円超、買い付けたとしています。
男は捜査を経て9月6日付で総合政策局に配置換えとなり、監視委告発と同日の12月23日に免職されました。金融庁は企業開示課課長を減給10分の1(3カ月)、現企画市場局長と前局長(井藤英樹長官)を戒告処分としています。
処分を受けて、加藤勝信・金融担当大臣は記者会見で「金融行政に対する信頼を揺るがすのみならず、我が国の金融市場そのものの信用を揺るがすあってはならないことであり、大変遺憾に感じている」と述べました。金融庁幹部は「今後こうした事案が繰り返されることのないよう再発防止策に取り組み、我が国の金融行政と金融市場の信頼確保に尽力していく」と話しています。
この「再発防止」の具体策について、金融庁は以下の4項目を打ち出しました。
① 庁内隅々までの法令等遵守意識の浸透(特定の管理職について取引状況を把握)
② TOB審査担当者等による株取引禁止(内規改正による在任中の個別株取引の原則禁止)
③ 採用時・出向者受入時の確認の強化(事前面接の実施など)
④ PDCAの実践(年1回の確認など)
このうち法令遵守意識の浸透(①)の一環として、年明けには職員を対象にインサイダー取引などに関する研修を予定。オンラインが中心で、全職員に法令順守の誓約書を提出するよう求める見通しです。官民の双方で不祥事案が目立った昨年から心機一転、金融市場の信頼性向上に襟を正して取り組む姿勢をアピールする狙いも窺えます。
低リスク部署はほぼ現状維持
一方、職員の株取引を制限するルールに関しては、従来とそれほど大きく変わらないようにもみえます。
上記4項目の再発防止策うち、研修など啓発的な対応を別にして、実務上のルールを改正するのは2箇所。TOB審査担当者等による株取引の禁止と、インサイダー取引規制のあるリスクがある課の取引状況の把握です。後者については、職員の着任時にクリアランス(株式等取引の状況を把握)を実施し、管理職についてはその後も毎年冬、改めて取引状況の報告を受けるとしています。
もともと単に資産運用を目的として株を売買することは、一般職の国家公務員を対象とした兼業規制における「兼業」に該当しないことになっています。
そのうえで、金融庁の既存の内規では職員に対し、株式の信用取引と、6カ月以内の短期売買を原則禁じています。やむをえず信用取引や短期売買を行う場合や、同庁が所管する法人の株式を売買する必要がある場合には、事前報告や事前報告が求められます(iDeCoや、NISA積立枠利用は報告不要)。
要するに、金融庁に勤める全職員に適用されるルールについては現状を維持し、いわばリスクベースで、インサイダー取引の危険が大きい部署にのみ上乗せで制限をかけるという対応に落ち着いた格好です。処分対象者が出向者だったことや、そもそも職員による個別株の取引がそれほど活発でないとみられるといった事情が背景にあります。
再発防止策の公表に合わせて開かれた記者説明会では、性善説に立った現状ルールを維持する妥当性を疑問視する声も上がりました。同日には東京証券取引所の職員もインサイダー取引の疑いで監視委に告発されましたが、他の機関や事業者の摘発が「身内の不祥事から世間の目をそらすためか」…などとあらぬ疑いを招かぬよう、当局は民間事業者とともにいっそう襟を正す必要がありそうです。