「顧客本位の業務運営」が問われてきた近年、銀行の預り資産業務の在り方は劇的に変化してきた。とりわけ地域金融機関においては、大手証券会社との提携に活路を見いだすところや、投信販売自体から撤退するところすら現れている。ビジネスモデルの変革を進める地方銀行も少なくないが、山形県の庄内地方を地盤とする荘内銀行もその1つ。改革の先頭に立ってきたのが、現在は同行の取締役会長執行役員を務める田尾祐一氏だ。
銀行のやり方が通用しない
青山支店での貴重な経験
荘内銀行と秋田県を地盤とする北都銀行による金融持株会社、フィデアホールディングス(以下、フィデアHD)が設立されたのは2009年。みずほ銀行の出身である田尾氏は、それから7年後の2016年に同社の取締役兼代表執行役と両行の非常勤取締役に就任する。さらに2020年4月からは荘内銀行の代表取締役頭取を務め、いよいよ同行の改革を本格的に手掛けることになる。そのキーワードの1つになってきたのが、「法人個人一体営業への体制改革」だ。
田尾氏はみずほ銀行時代、長野支店、東京の四谷支店、青山支店などで支店長を務めたが、「法人個人一体営業」の原点とも言える経験をしたのが、青山支店長時代だった。「名刺だけでは会ってもらえず、何らかの提案を持っていかなければお客さまとの関係が構築できないという地域特性がありました」と振り返る。
当時の青山にはIT長者と呼ばれた超富裕層をはじめ、芸能界やアパレル業界、飲食業界などの新世代の経営者、オーナー層が多く集まっていた。そうした新世代には、「従来の銀行のやり方は通用せず、融資よりも新しいアイデアや情報、知恵が求められていた」(田尾氏)という。「単に審査をして融資をするのではなく、知恵を出し、リスクを取ってお客さまと一緒に事業を手掛ける。いわばプロデュースしていくというスタンスに、銀行も変わっていかなければならないと気付かされたのです」
そんな経験も経て、田尾氏がフィデアHDに転身した当時は、地方銀行を取り巻く環境が今以上に厳しかったのも事実。2016年はちょうど日銀のマイナス金利政策が始まった年であり、震災もあって東北地方の人口は減少し続けていた。しかし、「逆風だったからこそ、さまざまな改革に手をつけられた」と田尾氏は続ける。「人口の減少で経済が縮小していく中でも、銀行には地域の経済を成長させるお手伝いができるはず。私たちは地域をよく知り、地元を大切にする考え方をもともと持っているのに加え、フィデアHDができたことで新しい人材や考え方を取り入れやすくなっていました。それが思い切った改革を実行できる原動力になったのです」
「人材育成」を中核に据え
スターの育成と底上げを図る
田尾氏が荘内銀行の頭取に就任した直後、顧客にアンケートを実施し、銀行に求めているものを聞いたところ、最も多かった回答が「相談相手になってほしい」だった。こうしたニーズがあるうえ、外部環境の変化でビジネスモデルの変革が不可避となっている中、「私たちが生き残るためには、相談業務を新たな柱にすげ替える必要があった」と田尾氏は強調する。それは言い換えると、「銀行ではなく、貸し出しもできるコンサルティング会社になる」ことだったという。
一方で、荘内銀行の顧客のうち、コアになってきたのは中小企業を中心とする法人とそのオーナーだ。そうした顧客は法人でもあり、個人でもある。つまり相談業務と言っても、顧客が抱えている悩みは法人として企業の売り上げをどうすれば伸ばせるかというものであったり、個人として自身の資産をどう運用すればいいのかというものであったりもする。「お客さまの多様なニーズにワンストップで応えるためには、私たちが法人に関しても個人に関してもコンサルティングができる銀行、人材でなければならない」(田尾氏)わけで、それが「法人個人一体営業」のコンセプトだった。
とはいえ、同様に「法個一体」を掲げ、例えば法人営業部と個人営業部を1つの組織にするなど、改革に乗り出した地方銀行の事例はこれまでにもあった。しかし、その成果は必ずしも芳しくないケースが多かったのも確かだろう。その点、荘内銀行では法個一体を組織よりも「人材」の問題と捉え、人材育成を改革の中核に据えた。
法人と個人の両方の業務をこなす人材と一言で言っても、その育成は容易ではないが、田尾氏は「スター人材の育成と全体の底上げという両面から進めた」と話す。「スター人材は信託銀行やコンサルティングファームに出向させたり、あるいは外部から専門人材を採用し、その下で学ばせたりして育成する。そうしたスター人材を本部と営業店にそれぞれ配置し、今度は全体研修とOJTを組み合わせて人材の底上げを図ってきたのです」
さらに、独自に開発した人材管理・人事考課ツール「スキルバロメーター」を導入。これは法人、個人それぞれのスキルにAからDまでの基準を設け、その習得状況を把握するためのもの。いずれもB以上のスキルを身につけた人材の拡充を図ってきたが、結果として、2023年度には北都銀行も含めると4割を超える人材がスキルB以上を備えるまでになった(下図参照)。
もちろん、その中には法人に軸足を置く人、個人に軸足を置く人がそれぞれいる。田尾氏も「二刀流ではあっても、右打ちか左打ちかがあるようなもの」だと話す通り、法個一体とはいえ、画一的である必要はなく、やはり自らの強みを持つことも重要なのだろう。現在では本部と支店長が相談し、指名方式で人材をピックアップして個別に指導する形も取り入れながら、いっそうの強化に努めているという。
それまで個人担当だった行員がある企業のオーナーのところに出向き、後継者の話題を持ち出したところ、過去にM&Aで会社の売却を図ったものの諦めた経緯があったことを聞き、今度は荘内銀行を介したM&Aに成功。すでにそんな事例も出てきている。
事実、M&Aや事業承継などの支援実績は荘内銀行、北都銀行ともに増加傾向にあり、法人関連の手数料収益も上昇している(下図参照)。「法人個人一体営業への体制改革」は着実に進展していると言っていいだろう。
「法個一体」と効率化の推進で
収益増と経費削減を実現
加えて、法個一体のもう1つのメリットは、「行員のやりがいが高まる点にもある」と田尾氏は話す。「お願い営業で何かを依頼するのではなく、お客さまの相談にのり、解決策を提示することで信頼され感謝される。それは行員にとっても大きな喜びになります。もともと地方銀行の行員は、地域に貢献したいという思いが強い。だからこそ、コンサルティング型へのシフトは行員のモチベーションを向上させ、さらに法人と個人の業務をこなせる人材が増えることで生産性も高まり、結果として利益も上がるという良い回転が生まれるのです」
法人と個人の業務には、当然のことながら事務も含まれる。つまり、事務も含めて法人と個人、どちらの業務もこなせる人材がそろえば、より機動的に人の配置ができる。例えば、人員が20人の営業店では、事務が立て込んでいる日は15人が事務作業をし、5人が外回りをする。逆に余裕のある日はその反対といった柔軟なローテーションが可能になるわけだ。
また、効率化は組織面でも行われ、荘内銀行と北都銀行の企画部門はフィデアHDに集約された。「せっかく持株会社を作ったのに、組織を見ると持株会社と傘下の銀行にそれぞれ営業企画部があるといったケースはよくあります。実はフィデアも当初はそういう体制でしたが、それを1つに集約させた。いわば顔が2つあっても体は1つになるわけですから、生産性は2倍になります」(田尾氏)
さらにコンサルティング型の営業スタイルを取ることで、店舗数の削減も可能になった。店舗で対応するのではなく、顧客のところに出向く形が基本となるため、店舗は大型店に統合し、あとは事務を集中的にこなせる小型の店舗を残せばいい。具体的には、2016年には79カ所あった店舗を現在は36カ店にまで統合、うち6カ店は事務専門の小型店舗だという。その結果、実に約30億円もの経費削減に成功した。
一方で、前述のコンサルティング関連の手数料収入が増えたこともあり、2023年度の役務取引等収益は2019年度の約13億円から約19億円にまで増加。「法人個人一体営業」の成果は、収益の増加と経費の削減という両面に表れてきているわけだ。
「次のステージとしては、さまざまなコンサルティングメニューのうち、可能なものはなるべく内製化していきたいと考えています。それはさらなる収益性の向上につながりますし、お客さまの満足度も高められるはずです」。最後に田尾氏はそう話してくれたが、変革の歩みは今後も止めないということでもあるのだろう。
今年1月、荘内銀行と北都銀行は2026年度中の合併に向け、具体的な検討を進めていくと発表した。両行のシナジーがいっそう高まっていくことが期待されるが、「法人個人一体営業」の進化にも引き続き注目していきたい。