――昨年来、マーケットを取り巻く環境が大きく変化しています。これまでの市場環境を振り返っていただけますか。
昨年末から今年の年初にかけて投資家の多くが注目していた主要なリスク要因として、次の3つがありました。1つ目は急速なインフレによる価格高騰のスパイラルに陥っている中で、金融・財政当局がそれをいかにコントロールしていくか。2つ目はロシアのウクライナに対する侵攻がどのような影響を及ぼすのか。具体的には原油価格、食料価格、特に欧州における消費者心理・企業心理にどのような影響を及ぼすのか。そして3つ目は、中国と世界各国の貿易相手国との関係がどうなっていくのか。
2020年以降、コロナ禍の発生を受けて各国がこぞって大規模な財政出動を行ったわけですが、インフレが進んだことで、景気後退に伴うスタグフレーションのリスクも警戒されるようになりました。それに加えてロシアのウクライナに対する侵攻が発生し、市場が想定していなかったショックが発生ました。それから今後の成長に関わる問題として、中国経済が思ったほどに回復していないことがリスク要因として浮上したわけです。
その一方で、楽観的なトピックが2つあります。1つは生成AIが実体経済にもたらすインパクトで、企業心理・投資家心理にどのような影響を及ぼすのかについてです。もちろんデジタル技術全般についていえることですが、特に生成AIの技術の行方には要注目でしょう。もう1つは新興国市場の成長です。必ずしも足並みが揃っているわけではありませんが、中国以外の新興諸国の市場の成長は、直接投資という意味でも有価証券投資という意味でも注目に値します。その中でも特に注目すべきはインド市場でしょう。
このように、およそ1年前は悲観と楽観が錯綜している状況でした。1月にスイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムでは、オブザーバーの半数以上が景気後退を予想していましたが、その後、見立てが変わって今ではソフトランディングがメインシナリオになっています。それから経済成長率、消費者心理、企業心理も好転しています。雇用状況も下支えされており、賃金のスパイラル的な上昇もコントロールされつつあります。
実際、S&P500指数は年初来2桁のプラスリターンですし、VIX指数といったフォワードルッキングな指標を見ても安定した推移となっており、ボラティリティは低い水準で推移するだろうとの見立てです。実体経済、相場のオポチュニティという意味では総じて良い環境といえるのではないでしょうか。
――2023年の初めに警戒されていたリスク要因が解消されつつあるとのことですが、そうした環境下で投資家はどんな点に注意を払うべきでしょうか。
今の環境だから、というわけではありませんが、常に投資家が留意すべきは「分散」です。そのうえで、次なる危機への備えを進めることも大切です。分散という意味でアセットクラスとして注目されているのはプライベートクレジットやインフラストラクチャー投資です。また、新しい資金が不動産に向かっており、ヘッジファンドも見直されつつあります。
次なる危機への備えという点では、資金規模が大きく高度な運用を手がける投資家の多くは、オポチュニスティックな投資機会をうかがっています。すなわち、いざ危機が発生したときに、何をどう買っていくかについて、平時から考えているということです。
この20年あまりでもさまざまな危機がありました。もっとも象徴的なものが2008年の世界金融危機ですが、直近でも2020年2月のコロナ危機、さらに昨年9月の英国のLDIショック(英国債の急落を発端に発生)があります。時間軸で考えると、世界金融危機は2007年のサブプライムローン問題の発覚から月単位で影響が拡大していきましたが、2020年のコロナ危機は週単位へと短期化し、昨年のLDIショックではその間隔がさらに短くなりました。したがって、オポチュニスティックな投資機会を狙うならば、平時から備えを怠らず、いざという時に即座に動く必要があります。さもなければ、買いたいものを買えない時代です。
――それでは、投資家が留意すべきリスクイベントを挙げるとすれば何でしょうか。
ここまでのマーケットの環境は予想に反して良好に推移してきたわけですが、それがいまだに信じられません。毎朝起きて各種指標のチェックをするときに、頬をつねって「本当にこれが現実か?」と疑ってしまうほど、私も日々ナーバスになっています。
経済は順調に推移しソフトランディングが囁かれるようになっていますし、金利のある世界が復活したことで債券投資でもリターンがきちんと取れる環境が戻ったことは、財政当局、金融当局の手柄といえるのではないでしょうか。そうした中、金利高によって世界経済に何かひび割れが生じ、それがシステミックリスクへと発展しないか、注視しています。長らく資本コストがゼロであったことで、ビジネスにもレバレッジを掛けることができました。しかし金利のある世界が復活し、短期でも、長期でも金利が上昇しています。春先には米国の地銀破綻やクレディ・スイスの経営問題といったミニ金融危機も発生しました。また中国は景気が下方スパイラルに入っているとの観測の中、不動産市場の先行きも懸念されています。このように危機の火種のようなものは随所に見受けられるものの、今のところ世界経済は強靭さが保たれています。
仮にブラックスワンが起きるとすれば、未知のリスクから発生します。したがってシナリオをプランニングしても結局カバーできるのは既知のリスクのみです。しかし既知のリスクに対して頑健性のあるポートフォリオを構築しておくことで、未知のリスクに対してもある程度備えることができるでしょう。