「スーパータンカー」ではなく「スピードボート」で変革を
――成果が出るまで一緒にやるという点では、ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)のデジタルバンク「みんなの銀行」の設立に、貴社が大きく関わったことはよく知られています。そもそものきっかけは、何だったのでしょうか。
もともとFFGさんとしても、デジタルバンクを設立し、新しい銀行サービスを提供したいという構想はあったそうです。7年か8年くらい前でしょうか、ちょうどそのタイミングでたまたま当社のセミナーを聴講いただいたのが直接のきっかけでした。当時、欧州ではチャレンジャーバンクと呼ばれる新たな銀行が続々誕生していましたが、そのベースに「エブリデイ・バンク」、つまり銀行が常に生活の中に溶け込んでいるというコンセプトがありました。当社のセミナーはそれを紹介するものだったのですが、そのセミナーをきっかけにお声掛けをいただき、以降のビジネス設計からお手伝いさせてもらうことになったのです。まず手掛けたのが、iBankマーケティングの取り組みでした。
――iBankマーケティングはスマホ向けの銀行アプリを提供し、しかもその仕組みを他の地方銀行にも展開しています。独自のポイントシステムも構築するなど、ユニークな取り組みで知られていますが、もともとのコンセプトをお聞かせください。
地域の企業と自分たちのお客さまをつなぐ、送客し合う仕組みを作れないかという発想から始まりました。例えば、買い物をしようとしているお客さまのスマホに、銀行の取引先からクーポンが送られてきて割引を受けられるといったような、非常に分かりやすい地域密着のサービスです。
ベースにあるのは、やはり地域を活性化し、守りたいという強い思いであり、後にスタートさせた銀行アプリ「Wallet+」や地域ポイントサービス「myCoin」にしても同様です。ここは地域経済の一端を担う地域金融機関であるFFGさんならではだと感じます。いずれにしても、いきなり「みんなの銀行」ではなく、iBankマーケティングの取り組みから始め、段階的に進めていったわけです。
――地方銀行でありながら、スマホ中心のサービスをいち早く手掛けた背景には、やはり危機感もあったのでしょうね。
そうですね。FFGさんには地域密着という大きな強みがある一方で、地上戦ではメガバンクはもちろん、大手小売業が銀行を立ち上げてくるし、空中戦になると、今度は大手EC事業者などが銀行機能を組み入れたサービスを投入してくる。地上戦でも空中戦でも少しずつ市場を取られかねないという危機感がある中、自分たちも全国を対象にできる「アーム」を持っておこうと考えられたわけですね。
当時、よく使っていたのは「スーパータンカー」と「スピードボート」という例えでした。伝統的な銀行というのはまさにスーパータンカーみたいなもので、舵を切ってもなかなか方向が変わらない。銀行をデジタル化していくのであれば、むしろスピードボートとして全く別の新たな銀行を作り、さまざまなことにチャレンジし、試していく。その結果を、スーパータンカーである銀行に還元するほうが良い。そうすれば前述の人材に関する課題もクリアしやすく、人事制度の変更や中途採用なども容易になるわけです。
BaaSの考え方を取り入れて銀行を超えた銀行を目指す
――スピードボートというのは、非常に分かりやすい表現ですね。
iBankマーケティングの取り組みを通じ、スマホを起点とした取り組みに対して若年層を中心に動いている事象をデータによって再認識できたことで、いよいよみんなの銀行の設立へと動き出します。スマホで完結することで若い世代を捉え、しかも、地域だけではなく全国の顧客と向き合える「アーム」を地方銀行でも持てる。そんな手応えがすでにありました。
基幹システムについては既存のパッケージの導入なども検討しましたが、ニーズに合致するものが海外も含めて世の中には存在せず、また、ゼロから作ったほうが自由度は高く、やりたいことが実現できるという結論に至り、ゼロからスクラッチでバンキングシステムを作ることを決断されました。開発には約1年半しかかかっておらず、銀行のシステムとしてはあり得ないスピードだったと言えるでしょう。
――しかもその基幹システムはクラウドであり、Google Cloudを活用されたことも話題になりました。
確かにメインはGoogleですが、その他にもさまざまなクラウドサービスを組み合わせて最適化しています。全銀ネット(全国銀行資金決済ネットワーク)などとつなぐためにやむを得ない部分を除けば全てがクラウドであり、実はみんなの銀行というのは、世界初のフルクラウドバンキングでもあるのです。アクセンチュア社内でも注目度が高く、海外からもこのソリューションを学びたいという声が多くあります。
さらに、マイクロサービスを取り入れているのも大きな特徴の1つです。これは複数の独立したサービスを組み合わせてシステムを構築する手法であり、新しい商品やサービスの開発を素早く実現することが可能です。みんなの銀行ではBaaS(Banking as a Service)の考え方を採用し、異業種を含む他社にシステム、銀行サービスを提供することを当初から事業の柱として捉えていました。これもクラウドとマイクロサービスを駆使しているがゆえに実現できるビジネスです。
――BaaSというのは、まさに銀行業の可能性を広げる新たなチャレンジでもありますね。
これからの銀行は、従来の銀行業の範囲を越えた広がりが求められているのだと思います。先ほど「エブリデイ・バンク」で少し触れたように、銀行サービス自体が顧客により身近な存在になると考えれば、多様な顧客接点を持つさまざまな企業と組むことのメリットは非常に大きく、だからこそBaaSという発想になるわけですね。そう考えると、いち早くBaaSに踏み込んだFFGさんの決断はやはりすごいと思いますし、いわば銀行を超える銀行になろうとしていると言っても過言ではありません。
――改めて、DXは人材の問題であるという視点は非常に新鮮でした。最後に、そうした人材を育成するために、リーダーに求められる資質とは何なのでしょう。
人を育てると言いますが、最終的には自分自身で育つしかないのだと私は考えています。その人に成長しようという気がなければ、いくら水をやろうが肥料を与えようが育たない。ですから、育ちたいと思っている人に育ちやすい環境、より早く太く大きく育つチャンスをいかにつくれるかが問われるわけです。
特にデジタルの領域については、頭取をはじめ経営陣には経験がない場合も少なくありません。この事実をしっかり認識し、自分の知識・経験の延長線で人材育成を図るというよりは、むしろ環境づくりに徹する、仕組みをつくることのほうが重要になるのではないでしょうか。
FFGさんの例で言えば、みんなの銀行という「環境」をつくれたことが最大のポイントでした。この環境を求めて、銀行とは関係ない多様な人材が多く集まり、銀行らしくない銀行を作ろうとされています。これは非常に大きな決断であり、決断力もリーダーには欠かせない資質だと思います。
――本日はありがとうございました。