苦しみを訴える志保

両家の話し合いの日、義実家の居間で志保は両親の間に座った。

正面のソファには謙介と百合子がいる。緊張で指先は冷たくなっていたが、子ども時代のように父と母に挟まれていると、自分が1人ではないと思えた。

「私から話します」

志保は、百合子が合鍵で無断で家へ入り、家事や片づけを勝手にし、自分のやり方だけでなく両親まで否定したことを順番に話した。心療内科を受診するほど体調を崩したことも包み隠さず話した。

「全部、あなたたちのためにやったことよ。よかれと思って教えてあげただけなのに」

「でも私は、何度もやめてほしいと伝えました」

「嫁なら少しくらい我慢するものよ。それくらいで体調を崩すなんて、やっぱりご両親の育て方が――」

「娘の育て方を間違ったと思ったことはありません」

静かに口を開いた父に、百合子が黙った。母も続ける。

「病院にかかるほど追い詰められた娘に、まだ我慢が足りないと言うんですか」

「だから、それは……」

「そもそも結婚した息子夫婦の家へ無断で出入りするのが非常識な行為だって分からないんですか? 志保が嫌がるのは当たり前ですよ」

静かに怒りをあらわにする両親を前にして、謙介が口を開いた。

「志保さんを追い詰めてしまったことは申し訳ないと思っています。ですが、母に悪気があったわけではないんです」

その言葉を聞き、志保は謙介に冷え切った視線を送った。

「最後まで他人事なんだね、謙介は」

「え」

「離婚したいのは、お義母さんだけが理由じゃないって言ったでしょ。私がいくら相談しても全然まともに取り合ってくれなくて、いつだってお義母さん優先だった。そんな人と夫婦でい続けるのはもう無理なの」

謙介はしばらくうつむいていた。百合子はなおも反発したが、やがて謙介が顔を上げた。

「分かったよ。離婚に応じるよ」

志保が選んだ自分らしい暮らし

後日、離婚は正式に成立した。

志保は心機一転、縁もゆかりもない街に新居を借り、資格を生かして以前と同じ分野の仕事に復帰した。ブランクがある分、覚え直さなければならないことも多い。それでも望む仕事に戻れたことが嬉しかった。

「ただいま」

夜、帰宅した志保は簡単な夕食を済ませ、母に電話をかけた。

「ちゃんとご飯食べてる?」

「うん。今日はカルボナーラにした。粉チーズたっぷり」

「わあ、美味しそう。今度作ってよ」

「いいよ。その代わり胃もたれしても知らないよ」

通話を終えると、部屋の中は静寂に包まれた。だが、その静けさを寂しいとは思わなかった。むしろ、誰にも勝手に踏み込まれず、自分のことを自分で決められる空間が心地よかった。

ガラス戸を開けてベランダに出ると、ひんやりとした夜風が志保の頬をなでた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。