取り違えられていた2つのバッグ
「あのう、これは、こちらの学校のものでしょうか」
その瞬間、由美は思わず席を立った。
「それ……!」
見間違えるはずがない。ずっと探していた黒いファスナーポーチだった。
「うちのクラスのです! どちらでこれを?」
「昼間、家内とこちらの文化祭にお邪魔してましてね。家に帰ってからふと荷物を見たら、自分のバッグじゃないことに気づいたんです」
男性は申し訳なさそうに頭を下げた。
「開けてみたら現金が入っていたものですから、これは模擬店の売上じゃないかと思って。慌てて戻ってきました」
由美は飛び上がりそうになるのをこらえ、ポーチの中を確認した。現金も食材を買ったスーパーのレシートなども残っており、特におかしなところもない。
「ありがとうございます。ご自分のバッグは、どんなものですか?」
「黒くて平べったいクラッチバッグです。今日はあちこちの屋台を回って、何度か荷物も置いたので、どこで間違えたのか分からなくて……」
「クラッチバッグ……あっ」
由美は、落とし物かごに残っていた、渋いクラッチバッグを取り出した。
「これじゃないでしょうか?」
「ああ、それです。私のです」
男性はそれを見るなり目を見開く。
「本当にすみませんでした。もっとちゃんと確認していれば」
「いえ。戻していただいて本当に助かりました。ありがとうございます」
由美はそう答え、男性にクラッチバッグを返した。何度も頭を下げる男性を見送ってから、ようやく自分の席へ戻った。
「よかったですね、岡田先生」
「はい。本当に……よかったです」
椅子の背にもたれると、ずっと張り詰めていた肩から力が抜けた。売上金が無事だったことはもちろんうれしい。だが何より、誰かが悪意をもって持ち去ったのではなかったことに、由美はほっとしていた。
これで、明日の朝、中村たちに「見つかったよ」と言える。そのことを思うと、ようやく長かった文化祭の1日が終わったような気がした。
