委託先金融機関への「厳しい眼」求める
アセットオーナー・プリンシプルをめぐっては、昨年に岸田文雄首相が策定を表明した当初から、業界や専門家の間では年金などに期待リターンとリスク水準の引き上げを促すことが主目的ではないかとの観測が広がっていました。厚労省の専門家会合でも「単に資産を貯蓄から投資へ振り向けるといった結論ありきの議論は行うべきではない」と反発の声が上がっています。一方で金融庁側は、プリンシプル策定は事業者にリスクテイクを押し付けるものではないとの建て前を維持してきました。
今回公表されたプリンシプル案の冒頭では、「成長と分配の好循環」のため、アセットオーナーを含むインベストメントチェーンの各構成主体が、「資金の流れの創出の機能の流れの創出に向けて機能を発揮すること」が重要と指摘。そのうえで、「受益者の最善の利益」を追求するため、運用目標を達成したうえで、投資先企業、委託先金融機関を「厳しい眼で見極める」よう求めています。
法的拘束力のないプリンシプルという位置づけもあり、直接的、命令的な口調はみられません。ただ、政府が23年末に策定した「資産運用立国実現プラン」で打ち出した投資拡大策の文脈を前提とすれば、アセットオーナー側の自発的なリスク水準の引き上げを歓迎する姿勢が読み取れる書きぶりとなっています。
また、プリンシプル案公表の翌日に政府が発表した「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針2024)の骨子案では、「投資の拡大及び革新技術の社会実装による社会課題への対応」に向けた方策として、「資産運用立国」の章立てを設けています。アセットオーナー・プリンシプル策定は「資産運用立国実現プラン」の目玉施策のひとつであり、プリンシプルを「投資の拡大」への切り札としたい政府側の狙いも窺えます。
アセットオーナー・プリンシプルの文案は5つの原則を掲げ、その中で、運用目標と運用方針の設定、見える化の促進、外部委託の選択肢を含めた体制整備を促しています。
原則1 アセットオーナーは、受益者等の最善の利益を勘案し、何のために運用を行うのかという運用目的を定め、適切な手続に基づく意思決定の下、経済・金融環境等を踏まえつつ、運用目的に合った運用目標及び運用方針を定めるべきである。また、これらは状況変化に応じて適切に見直すべきである。
「運用目標」については、注釈で「目標リターンを定めたうえでそれを最小のリスクで目指すという考え方だけでなく、(アセットオーナーによっては)許容できるリスク量の範囲内でリターンの最大化を目指すという考え方も含まれる」と補足しています。また、「運用方針」に関しては、運用目標を達成するための「具体的な資産構成割合(基本ポートフォリオ)やリスクに関する考え方、運用対象資産の範囲など」が含まれると説明しています。
学校法人の運用高度化にも関心
当初、金融審議会でのアセットオーナーに関する議論では、もっぱら企業年金の運用実態が槍玉にあげられていました。しかし厚労省側との調整のハードルの高さもあり、年金に積極的なリスクテイクを促すべきとの論調は庁内で下火になりつつあるようです。
かわって庁内では「学校法人にこそプリンシプルを活用してほしい」という声が高まっています。ある幹部は「大学法人は仕組債などによって多額の損失をこうむってきた歴史がある。証券会社などの金融機関まかせではなく、そもそも少子化による授業料収入の減少を補うにはどの程度のリスク水準が必要なのか、そのためにどのような手段を取るのが適切なのかを考え、自分たちの運用手法を見つめ直す好機にしてほしい」と話しています。
(※原則2~5の文案は以下の通り)
原則2 受益者等の最善の利益を追求する上では、アセットオーナーにおいて専門的知識に基づいて行動することが求められる。そこで、アセットオーナーは、原則1の運用目標・運用方針に照らして必要な人材確保などの体制整備を行い、その体制を適切に機能させるとともに、知見の補充・充実のために必要な場合には、外部知見の活用や外部委託を検討すべきである。
原則3 アセットオーナーは、運用目標の実現のため、運用方針にも続き、自己または第三者ではなく受益者等の利益の観点から運用方法の選択を適切に行うほか、投資先の分散をはじめとするリスク管理を適切に行うべきである。特に、運用を金融機関等に委託する場合は、利益相反を適切に管理しつつ最適な運用委託先を選定するとともに、定期的な見直しを行うべきである。
原則4 アセットオーナーは、ステークホルダーへの説明責任を果たすため、運用状況についての情報提供(「見える化」)を行い、ステークホルダーとの対話に役立てるべきである。
原則5 アセットオーナーは、受益者等のために運用目標の実現を図るに当たり、自らまたは運用委託先の行動を通じてスチュワードシップ活動を実施するなど、投資先企業の持続的成長に資するよう必要な工夫をすべきである。