必要に応じ「取り扱い停止判断」を促す
無機質な商品を有機的な生き物に見立ててその一生(ライフサイクル)に焦点をあてるというロジックは、霞が関では珍しくありませんが、従来は金融よりも脱炭素の分野でよく使われてきました。たとえば環境省は自動車や家電などの製品について、材料を調達して加工、販売し、エンドユーザーのもとで消費され、廃棄されるまでに排出される温室効果ガスの総量を計測する「ライフサイクルアセスメント」のガイドラインを策定しています。
一方で今回、金融庁が公表したLCペーパーが注目しているのは温室効果ガスではなく、金融商品やサービスが金融機関において企画・立案されてから、その役目を終えるまでに生じる「リスク」です。ここでいうリスクは財務的リスクだけでなく、レピュテーション(評判)など非財務的なリスクも含まれているということです。
LCペーパーでは、ライフサイクルの各局面を「新商品管理等」と「商品等の継続的な管理」の2つに大別。銀行グループや証券会社グループにおいてそれぞれ求められる対応の方向性を記載しています。
「新商品管理等」については、グループ全体を統括する経営陣が取締役会の責任の下、「グループの経営戦略との整合性やリスクアペタイトを踏まえて、適時に新商品等の導入を行うこととのできる態勢を整備すべきである」と指摘。新商品等管理態勢を整備し、運用するチームの重要性を強調し、内部監査部門を含めた3線管理によるリスク評価機能、けん制機能の発揮を求めています。
「商品等の継続的な管理態勢」に関しては、商品導入後において「(環境変化などによって生じる)リスクが顕在化する前に特定し、リスク管理態勢の強化やオペレーションの見直しを行う、あるいは自社の経営戦略と不整合となっているのであれば商品の取り扱いを停止する決断を行うことが、商品等のライフサイクル管理の要である」と指摘します。そのうえで、取り扱い件数や金額、苦情、事務事故の件数や推移などのデータ整備を含めたリスク変化を検知し、効率的に商品リストなどの見直しを行うよう促しています。
「強制力はない」というものの…
この文書の位置づけは、あくまでも金融庁が事業者を対象に実施するモニタリングの場で対話の材料として用いる「ディスカッションペーパー」です。廃止された検査マニュアルの代替的なツールではありながら、たてまえ上、この文書が最終化されたあともその内容に法的な強制力は生じません。金融機関が求められる対応について明確な具体性をもって記載されている部分が極めて少ないだけに、意地悪な見方をすれば、理論的体系に落とし込むことなく生のままの発想を書き綴ったポエム的な印象さえ受けるかもしれません。
とはいえ、この文書には事業者側にとって、単なるポエムとして無視しきれないところがあります。LCペーパーの冒頭では「経営環境が複雑化し、急速に変化する中で、金融機関における商品等の管理態勢を見直し、高度化する必要性が増している」と説明。その環境変化の例として、今年3月の改正金融サービス提供法施行による「最善利益義務」の新設を挙げています。
仕組債販売をめぐる一連の議論を背景に創設に至った最善利益義務をめぐっては、何をもって「最善」と判断するのかが曖昧で、事業者側で不安の声が上がっています。新ルールの運用では、「顧客本位の業務運営に関する原則」など既存のプリンシプル(法的ルールと別に当局が策定する行動規範)がよりどころになるとの見方もあります。
こうしたタイミングでLCペーパーが公表されたことは、金融商品のライフサイクル管理の観点から「問題を認識しながら取り扱いを停止しなかった」、あるいは「問題を検知するための体制整備そのものを怠っていた」といった監督当局の判断が、行政処分に結び付く可能性もあるとけん制するメッセージとも解釈できそうです。
金融庁は5月31日午後5時まで意見募集(パブリックコメント)を実施したのち、文書を最終化させる見通しです。