人的資本経営の実現にはトップの指導力が不可欠
では、サステナビリティ経営を実現するための具体的なポイントは何か? 寺沢氏は、その1つのカギが「人的資本経営」だと説く。人的資本経営は、経済産業省が2020年9月に発表した「人材版伊藤レポート」で、その重要性が強調されたことで、日本でも注目されるようになった。
従来、経営において人材とは、事業にかかる「コスト」として捉えられ、なるべく抑制することが望ましいとされてきた。それに対して、人的資本経営では、人材は価値を生みだす「資本」として位置づけられている。
2022年8月には、政府が「人的資本可視化指針」を公表。2023年3月期決算以降は、人的資本の情報開示を、上場企業などを対象として義務化している。有価証券報告書の中に、サステナビリティ情報の項目が加えられ、人材育成などの方針や目標を明記することが求められている。
このようにルールが整備される一方、企業側のデータの開示は進んでいないという。女性管理職比率といった人数に関する指標以外は定量化が難しく、人的資本の強みや課題といった情報は開示されていないことが多い。
「人材戦略は経営戦略そのものだといえます。しかし、これまではそうした認識は薄く、日本企業は遅れをとってきました。欧米諸国と比較しても、企業の人材投資の水準は低く、しかも国内では縮小傾向が続いているのです。長らく続いた国内のデフレの影響が大きく、人件費をコストとする発想から抜け出せなかったからです。人的資本経営は、人件費はコストではなく、イノベーションの源泉となる投資として考えることがスタートラインとなるでしょう」
また、人材戦略は個別性が強く、各社各様にならざるを得ない。しかも、人件費の拡大は、どうしても短期的には企業の利益と相反する関係にある。そのため、経営トップが経営戦略の中核をなすものとして人材戦略を説明することが重要だと、寺沢氏は強調する。「CEOが全体の戦略を語り、人事部門長であるCHROが実際の取り組みを説明し、財務責任者であるCFOが人的資本投資の費用対効果を示す。これをしっかりとやることで、投資家に自社の人的資本経営を訴求することができるはずです」
金融機関こそ人材戦略の再構築が急務
金融機関における人的資本経営の現状はどうか。地域金融機関の間では、中期経営計画などで、人材育成を課題に挙げているところが多い。そのなかには、経営戦略としっかりと関連付けて人材戦略を説明しているところもあるが、単に目標として掲げているだけで戦略の部分が曖昧になっていたり、開示されている情報が限定的であったりするケースが少なくない。
「いくつかの有力な地方銀行は、経営戦略および人材戦略が明確になっています。ただ、残念ながら、多くの地域金融機関では、覚悟を決め、事業ポートフォリオを見直し、将来に向けて大きく変革を進めていくというフェーズまでには至っていない。これまで、地域金融機関は対面営業のノウハウが蓄積されてきたナレッジだと思われていましたが、例えば『ChatGPT』が導入されるようになると、あっさりと取って代わられる可能性があります。DX化も急務となっているなか、金融機関こそ、サステナビリティ経営として人材戦略を打ち出す必要性に迫られているといえます」