― まずは、肥銀キャピタル設立の背景と目的についてお聞かせください。
設立は1996年11月で、最初は肥銀ベンチャーキャピタルという名称でした。円相場が1ドル=80円を突破するという超円高局面の後で、日本の貿易黒字を削減するために市場開放や規制緩和が求められ、日本経済は大きな試練に直面していました。熊本県も大きな影響を受けており、当時の肥後銀行の頭取は肥銀ベンチャーキャピタル設立の目的として、「これからは地域産業を牽引するベンチャー企業をしっかりと育てていきたい」という趣旨のコメントをインタビュー記事に残しています。
― 当初からベンチャーファンドとして運営されていたわけですね。
2号ファンドまではベンチャー向けでしたが、3号ファンドからは方向性が変わり、地元企業を支えるという目的に転換しました(図1)。当時は、インターネットも普及していない時代で、相当苦労しながら、情報収集やさまざまなネットワーク等を駆使してベンチャー企業の発掘とサポートを行っていたと聞いています。
一方で、ベンチャー支援を行う過程において、資本政策を中心としたノウハウが蓄積されていました。それを地域企業へ還元することも重要だという観点から、ベンチャーファンドから地元企業へのサポートをメインとした地域活性化ファンドへ転換しました。また、熊本は全国でも有数の農業県ということもあり、農業の「6次産業化」等を支援するアグリファンドも組成しています。
その後、再び転機が訪れたのは2016年でした。2月に、熊本県、肥後銀行、熊本大学、熊本県工業連合会、ディープテック支援に長けた株式会社リバネスの5者で組織する「熊本県次世代ベンチャー創出支援コンソーシアム」が発足し、起業家の育成を目指した創業支援プログラム「熊本テックプランター」がスタートしました。
― 当初からベンチャーファンドとして運営されていたわけですね。
実は、ただちにというわけにはいかず、2016年4月の熊本地震を機に復興ファンドを立ち上げることになります。地震によって工場が破壊され、物流が停止、さらに販路の喪失や従業員が通勤できないといった事態に陥りました。それまでは安定した業績を保っていた企業も一気に業績が落ち込みました。先が見えず、融資だけでの対応が難しい案件が続出したためファンドの機能を使い、震災前の状態に戻すための投資を実行することになったのです。
大学発ベンチャーとわれわれでは「良いシーズ」の意味合いが違う
― 本格的なベンチャー支援が始まったのはいつ頃ですか。
2020年3月に「肥銀ベンチャーファンド」を立ち上げ、22年10月に「肥銀ベンチャー2号ファンド」を組成しました。そして23年10月に、「肥銀大学発ベンチャーシードファンド」を組成することになります(図2)。
このシードファンドは肥後銀行と共同で設定したもので、県内の大学と一体となって、創業間もないシード期の大学発ベンチャー向けにハイリスクマネーを供給することが目的です。先述の熊本テックプランター事業を通じて、それまでにも大学の研究シーズの事業化を進めていたのですが、その事業化支援をさらに加速させていきたいと考えたわけです。
― シード期の特に大学発のベンチャー企業への投資の難しさは、どんなところにあるのでしょうか。
まず基本的なことですが、個人から法人へと切り替わったばかりの、事業計画もままならない企業への投資なので、間違いなくハイリスクになります。そして難しいのは、大学が「良いシーズ」と捉えているものと、われわれが「良いシーズ」と考えるものが微妙に違っていることです。大学が良いシーズだと捉えているものは、往々にして研究として価値があるものになりがちです。研究を深く行い、これまでにない技術や製品を深堀りすることは、非常に重要でありますが、ビジネスとしての価値があるかどうかは別の話です。大学の研究シーズをもって、社会課題を解決することは非常に重要である一方で、持続可能であるためには、一定のビジネスとしてきちんと収益を生む形にならなければいけないと思います。
― 「良いシーズ」の意味するところが違うということですね。
そう言えると思います。また、シード期のベンチャーは研究者がそのまま経営者になるので、研究をしながら同時に財務や人事などの課題をクリアしていかなければなりません。しかし、そもそもは研究者ですから財務や人事といった経営のノウハウに乏しく、なかなかスムーズにはいかない。その部分に労力と時間をとられてしまうと、肝心の研究に支障が出てくる可能性があります。そうした経営に関わる部分をいかにフォローして、研究開発に集中してもらうかがきわめて重要になってきます。
大学内の拠点から起業を後押しする「循環型ファンド」を設計
― そこを乗り越えるために、どんな策を講じているのでしょうか。
熊本大学のキャンパスにあるオープンイノベーションセンターという施設内に、「肥銀アントレプレナーサポートオフィス」を設置しています。当社の社員3名を常勤させて、熊本大学だけでなく県内の全大学のいろいろな研究室を訪問したり、さまざまな相談に乗ったりしています。研究者すなわち経営者は、創業期にどうしても独りになりやすいので、そこを日常的にサポートすることが大きな目的です。
― サポートをする上での難しさはどんな点ですか。
自然科学分野での発見に基づく、いわゆる「ディープテック」は、研究に成功したとしても事業化までには相当な時間がかかり、10年は支えていく覚悟が必要になります。よく、「目利きをする力はどうやって養うのか」と聞かれるのですが、良い会社を見つけて投資するのではなく、投資した会社を良い会社にするというのが私たちのスタンスです。
それには熊本テックプランターでの活動も役立っていますが、スタートアップとわれわれが一緒に動いて共に成長し、企業のバリューアップを図りつつ地元に貢献することが、地域金融機関としての役割だと考えて行動しています。
― 「肥銀大学発ベンチャーシードファンド」には、EXITしたときのキャピタルゲインの一部を母校に寄付するというユニークな点もありますね。
投資先が上場したときや、M&Aの対象となったときに得られたキャピタルゲインの一部、細かく言うと最大キャピタルゲインの5%を、出身母校に寄付することにしています(図2)。それを各大学での起業化などの施策に活用してもらい、さらに起業を後押しするというような「循環型ファンド」として設計されていて、これは全国初の試みだと思います。
― それは既存の投資会社ではなかなか採用できない手法ですね。
資金を提供するだけではやりがいに欠ける、と思ったのです。またそれによって、大学や大学生の意識も変わってきているという実感もあります。大学からは「ベンチャー支援論」のような形で講義をしてほしいという依頼があり、実際に講義していますし、その講義を受けに来る学生たちはみな意欲的で熱心です。当社では大学生をインターンに採用していて、インターンから社員になったケースも出てきています。そうした社員がスタートアップをサポートする事例もあり、人材面での循環はすでに起きていると言えるのではないでしょうか。
ますます高まる事業承継ニーズは支店の連携強化で課題解決へ
― ベンチャー投資以外のファンドについても教えてください。
2017年12月に事業承継のサポートを目的とした「肥銀ブリッジファンド」、20年1月に地元企業の成長を支援する「肥銀地域企業応援ファンド」、22年10月には、その後継として「肥銀地域共創ファンド」を設立しています。特に事業承継サポートのニーズはますます高くなっており、肥後銀行支店網を生かして定期的に連携を取り、情報収集に努めています。
最近では後継者不足でM&Aを志向する企業が増えてきていますが、自分の会社の歴史や文化などをしっかりと理解してくれる企業にM&Aをしてほしいという要望が強くなっています。全然知らない会社へいきなり株式を売却するのではなく、まずは、地元の金融機関系ファンドで持ってもらい、一緒に将来像や事業展開を考えたいというニーズが非常に増えています。
― 具体的にはどのような事例がありますか。
熊本市に、菓子製造販売を手掛けるフジバンビという会社があります。「黒糖ドーナツ棒」というヒット商品もある地元では有名な企業で、事業は順調でしたが、後継者不足に直面していたのです。そこで、肥後銀行がファンドを使った事業承継を提案し、当社と日本投資ファンドが共同出資をしてフジバンビホールディングスを設立しました。その後、大手菓子メーカーの役員の方に社長に就いてもらい、事業を拡大させた上で、JR九州グループ様にお引き継ぎをすることができました。現在も売り上げは拡大中と聞いております。
積極的に他社との連携を深めて投資向けの人材育成を図る
― プライベートエクイティ(PE)に関してLP投資はしているのですか。
当社が直接LP投資をしていませんが、肥後銀行では2つのセクションでLP投資をしています。1つは純投資で、銀行本体のポートフォリオとして考えているもの。もう1つは、熊本の地域や産業に資する目的としたものです。例えば、地元の企業で海外進出を考えているところがあれば、海外に強いPEに紹介するといった具合です。われわれも密接に連携して検討に加わっています。
― ほかの会社との連携については、どのようにお考えですか。
現在もそうですが、今後も意識的にやっていく予定です。特に、肥後銀行グループではさまざまなソリューションを持ったグループ会社があり、非常に連携を深めています。例えば、クラウドファンディング事業を行っているグローカル・クラウドファンディングと連携して、全国から意志ある資金を集め、地元の事業応援と告知を行ったりしています。
また、投資先の社員教育という観点からも、教育サービスを提供している肥銀ビジネス教育との連携を密にしています。現在、肥銀キャピタルのメンバーが投資先企業の取締役会に入ったり、オブザーバーとして参加したりしていますが、もっと銀行の人材の中からそういうノウハウを持った人を多く輩出できればいいと思っています。
実は、投資先の1つである熊本大学発ベンチャー企業のサポートをしていた当社のスタッフがいたのですが、担当先の社長から、事業を拡大するためにどうしても来てほしいと言われ、当社を辞めてベンチャー企業に移籍したという事例もあります。正直、われわれとしては非常に痛手ではありますが、優秀な人材が地元かつ多方面で活躍するのは嬉しいことです。
― 銀行マンとして、投資判断と融資審査という文化の違いをどう克服しているのですか。
私自身もそうなのですが、違いを理解するには感覚的な難しさが伴うと思っています。融資とは、基本的に過去の実績を考慮して、より確実に回収を行うものです。それに対して投資は、将来の可能性を見極めて実行するもので、不確実な部分もあります。よって、実務的にはさまざまなサポートを通じて、投資先の成長を促すことが求められます。そこに対応した人材育成のプログラムはまだまだ道半ばで、まずは長期的な観点で策定していくことが重要ではないでしょうか。特に、キャピタリストは専門的な知識や経験が必要ですので、中長期的に、じっくりと育成に取り組んでいくことが必要です。