「揺り戻し」言及の報告書から1年
有識者会議が昨年(23年)6月に取りまとめた報告書では、ESG投資を含めたサステナブルファイナンス拡大の「揺り戻し」の動きに言及していました。その後に開かれた会合でも、米国でESGをめぐる議論が大統領選に向けて政治色を帯び、EUではタクソノミー(サステナビリティに関する独自の分類法)による関連用語の定義が厳格化する中、日本としての立ち位置の取り方がいっそう難しくなっている現状を指摘する声が上がっていました。
一方、数年前から本格化している国際的な情報開示ルールの整備作業は大詰めに向けた段階を迎えています。官民の温度差が心配される中、政府として国内の制度整備について現実的な解をどのように提示できるかが注目されています。
今回の会合で事務局側は、企業の情報開示に関する制度整備の現況を説明しました。
現在、サステナビリティ情報開示のグローバルスタンダードとなっているのが、昨年(23年)3月にIFRS財団傘下のISSBがまとめたISSB基準です。このISSB基準をベースとして、日本のサステナビリティ基準委員会は今年3月、日本の実務レベルに落とし込んだ開示基準(SSBJ基準)の草案を公表しました。
SSBJ基準の適用対象については、「グローバル投資家との建設的な対話を中心に据えた企業(プライム企業ないしはその一部)」から始め、徐々に拡大していく方向性が示されています。25年中に任意適用が開始される予定で、有価証券報告書での対応義務化のタイミングについては「27年開始」と「28年開始」の2案があります。金融庁はSSBJ基準の最終化を見据え、情報開示の強化を目的とした法令改正も検討しています。
SSBJ基準で示される新たな情報開示ルールを適用する範囲は、どのタイミングでどこまで拡大していくのでしょうか。
金融庁側は、最初に時価総額3兆円以上の企業に適用した後、「1年後に1兆円以上の企業、さらに任意適用や実務の浸透を踏まえつつ順次5000億円以上の企業に適用するといったスケジュールを設定する」、「2030年代にプライム全上場企業を対象とすることを基本線」にする、との考えを示しています。
排出量比較「極めて不適切」の声も
SSBJの基準では、温室効果ガスの排出は3つに分類されます。①工場など自社の施設からの排出(スコープ1)②自社拠点でのエネルギー使用に伴う間接排出(スコープ2)③原材料の調達などでの排出(スコープ3)――です。自社だけでなくサプライ・チェーン全体での排出量の開示を求めています。
ただ事業者側では、このような開示ルール強化に対する反発も表面化しています。特に、取引先を含めた温室効果ガスの排出量であるスコープ3の報告については、取引先から膨大なデータを収集する負担や精度担保のための体制整備にかかるコストが大きく、懸念が上っています。
会合に参加した専門家委員からも、ISSB基準に整合的な国内ルールを整備する方向性自体には賛同の声が相次いだ一方、企業側の負担軽減を求める意見が聞かれました。
ある事業者在籍委員は「事業会社は既に温対法などの対応で詳細なデータを政府に報告している。少なくともスコープ1、2(自社活動の直接的な排出量と、エネルギー購入で間接的に発生する分を含めた排出量)の報告は金融関連の開示と平仄を合わせていただくか、あるいは過年度の温対法報告を使えるような一種の緩和措置をしていただきたい」と要望。
スコープ3については「定義、計算の仕方もさまざまで決まっていない中、スコープ1~3を合算して多いか少ないかを議論するのは極めて不適切」と指摘し、「開示自体が評価されるのは結構だと思うが、多寡を議論するのは時期尚早。そのあたりの事情を配慮した基準にしていただくことが必要」と話しました。