本稿は、三井住友銀行のプライベートバンキングビジネス(以下、「PBビジネス」)について、同行プライベートバンキング本部の高橋克周本部長へのインタビュー(2023年12月25日実施)を踏まえ、第三者である筆者が、これまでの取組みや現状をまとめたものである。PBビジネスに対して、一貫した考えを持って取り組んできた同行の経験は、国内でPBビジネスを強化しようと考える多くの金融機関に示唆を与えると考えている。
シティバンク・プライベートバンクからのヘッドハンティングがスタート
三井住友銀行の前身である住友銀行のPBビジネスの立ち上げは、今、振り返っても大胆で画期的だった。1990年代後半、シティバンクのプライベートバンキングサービスが当時の資産家層の中で大ブームとなり、それに対抗して多くの金融機関がPBビジネスを立ち上げようとしていた。住友銀行は、PBブームを巻き起こしたシティバンクのプライベートバンキング本部企画部長の久保田達夫氏を招聘し、業務部門の責任者に据えたのである(「三井住友銀行十年史」(以下、「十年史」))。同氏は1998年4月に顧問に、同年6月に常務取締役に就任した。十年史では、「法人業務を分離した形での個人業務の立ち上げという新たな挑戦」と位置付け、「投資信託の販売を柱に据えた新規事業としての個人業務の立ち上げ期において、外部から新たな業務運営の考え方を導入した」と述べられている。
銀行の外部から役員を招聘し、業務部門の責任者に配置することは、現在の大手銀行においても珍しいことだろう。1990年代後半、金融自由化への対処、特に、投信窓販の解禁を見据えて個人向けの資産運用ビジネスを強化するという大きな潮流の中で、シティバンクが作ったPBブームに乗るための打ち手だったと考えられる。自行内に経験やノウハウがなければ、それを持つ人材をヘッドハンティングし思い切って任せるということは、当時の金融機関には容易にできることではなかっただろう。
高橋氏は久保田氏の招聘について、「久保田さんは3年余り在籍していました。当時、久保田さんの考えるプライベートバンキングに対して、信奉者もそうでない人もいましたが、やはりあれだけの経験のある人がいてスタートできたことは大きかったと思います。当時、久保田さんがやろうとしていたこと、話していたことすべてをすぐに実現できた訳ではないのですが、時を経て形になっていったことは多いと思います。現在、手掛けているアートやフィランソロピーへの取組なども、その一つかもしれません」と述べている。
おそらく久保田氏は外資系銀行と邦銀の様々な違いに苦しんだのではないかと思うが、同行の大胆でユニークなPBビジネスの立ち上げは、競合に対して一歩先を行く結果になったのではないかと考えられる。
法個連携によるPBビジネスの伝統
三井住友銀行のPBビジネスにおける早い段階からの特徴は、法人部門と個人部門の連携による富裕層へのアプローチを重視してきたことである。
旧住友銀行時代の1997年1月に個人業務部の中にプライベートバンキング室が設置された。また、旧さくら銀行でも同時期に高度な知識・スキルを持った40人以上のファイナンシャルアドバイザー(FA)がプライベートバンキング部に所属していた。その後、さくら銀行と住友銀行が合併して三井住友銀行となった2001年4月には、個人部門の中にプライベートバンキング営業部が置かれた(十年史より)。
2007年4月の組織改定において、個人・法人・企業金融の各部門が一体となって、取引先のオーナーや社員などに商品・サービスを提供する効果的な協働体制を構築するため、プライベート・アドバイザリー本部(PA本部)を設置し、プライベートバンキング事業部などが移管・配置された。PA本部は「個人顧客のニーズと法人顧客のニーズが交差する分野を補足する」組織として位置付けられた。併せて業績評価において、他部門との協働など拠点運営・顧客志向に着目した項目を一層重視する大幅な改定を行った。(十年史より)
三井住友銀行の法個連携によるプライベートバンキングについて高橋氏は、「プライベートバンキングのビジネスを20年以上にわたって続けていますが、変わっていないことは企業のオーナー向けのサービスを中心にビジネスを組立てていることです。日本の中に超富裕層はいろいろいますが、中心が企業オーナーであることは変わりません。法人部門が作ったビジネスを基盤にして、企業オーナーのイシューをよく理解して、オーナー向けPBに取り組むという流れは今後も変わらないと思います。お客様の業種特有のイシューをしっかり理解して対応できることがプライベートバンキングにおける強みになると思います。」と述べている。
今でこそ、「日本の超富裕層の過半は企業のオーナー経営者である」ということはPBビジネスにおける常識となっているが、2000年代前半に筆者が多くの金融機関とPBビジネスのターゲット顧客について議論した際には、様々なお金持ち像が浮かんでは消えていった。PBビジネスの本質を見抜き、早い段階で法個連携に舵を切った点において、同行のPBビジネスへの取り組みには先見の明があったと言える。
大口富裕層ビジネスにおけるグループ一体運営
メガバンクのPBビジネスは金融グループ化の深度が増すとともに付加価値を高める可能性が高まる。三井住友銀行も同様で、2009年10月に日興コーディアル証券(現・SMBC日興証券)、2013年10月にソシエテジェネラル信託銀行(現・SMBC信託銀行)を完全子会社化し、PBサービスの引き出しを増やすことができるようになった。両社は日本におけるPBビジネスにおいて一定の存在感を持つ金融機関であり、グループ連携がうまくいったときの効果はメガバンクグループの中でも最大になると想定された。
2010年4月には、英国のバークレイズ・バンクとのJVを推進する組織として、日興コーディアル証券内にSMBCバークレイズ部を設置し、三井住友銀行の大口富裕層の顧客を同部に紹介するビジネスを開始した(SMBCグループ二十年史、以下「二十年史」)。SMBC信託や2015年に統合したシティバンク銀行のリテールバンク事業とも、顧客の相互紹介や有価証券担保ローン、信託ソリューションなどの商品・サービスの連携が始まった。
高橋氏は、銀行単体のPBビジネスとグループ連携によるPBビジネスの違いについて、「銀行単体のプライベートバンキングビジネスは、法人ビジネスとの連携が上手くできていた反面、プライベートバンキングの本体となる運用商品や非金融サービスについてはかなり見劣りするものだったと思います。銀行と比べると証券や信託は運用商品の品揃えは一歩も二歩も上だと思います。SMBC日興証券、SMBC信託銀行と一緒になって、銀行単体でプライベートバンキングサービスを提供するよりも、グループで一緒になることでお客様に提供できるサービスのポテンシャルが上がったと感じています。」と述べている。
一般に、金融グループ内の異なる業態の金融機関が連携することは、机上で考えるよりはるかに難しい。業態や歴史に依存する企業カルチャーや業務運営方法の違いが大きく、経営統合したらすぐにスムーズに連携できて効果を発揮するというわけにはいかない。SMBCグループも、完全子会社から10年以上の年月をかけてPBビジネスにおけるグループ連携を一歩ずつ進めてきたと見られる。PBビジネスは、他の個人ビジネスや法人ビジネスと比べて事業規模が小さいため、連携がうまく回り始めたら一気に進むというメリットがある反面、各社がプライドを持ってPBビジネスに取り組んできた場合には、理念やスタイルの統合に時間がかかるというデメリットもある。
SMBCグループのPBビジネスの完成形を目指す試みが、2020年4月に立ち上げたサービスブランド「SMBC Private Wealth」だろう。グループ内3社間の顧客の紹介や商品・サービスの相互提供に留まらず、顧客にとって真の意味でのワンストップサービスの提供を目指すという。組織的には、ウェルスマネジメント本部、プライベートウェルス本部といった試行の末、2023年10月にはウェルスマネジメント統括本部に再編し、グループ全体の資産運用ビジネスのパフォーマンスの極大化を図っている(二十年史)
高橋氏は、「グループ内では、SMBC日興証券、SMBC信託銀行がグループの資産運用ビジネスを中心となって担当する位置付けになっています。一方、銀行は、グループ内での最大のお客様とのコンタクトポイントとして、証券・信託に紹介したお客様にベストの商品・サービスが提供されているかをしっかりと責任をもって見ていく覚悟を持つ必要があると思います。その覚悟を持ってグループ各社に紹介しないと、根無し草のビジネスになってしまうと思います。そのためには、銀行のプライベートバンカーの一層のレベルアップが必要です。」と述べている。
SMBC Private Wealthの成否を判断するのは時期尚早だが、注目されるのは、商業銀行ではなく証券会社をその中核の一つに据え、グループ全体でベストの役割分担を志向していることである。多くの銀行グループでは、専門能力の有無に関わらず、ほとんどすべてのビジネスで商業銀行が陣頭指揮をとっている。その対比で、今回のSMBCグループの試みは、20年以上前にシティバンク銀行の久保田氏を招聘したときを彷彿させる。