国はこれまで、認知能力が低下した人の資産を本人のために活用する仕組みとして、既存の成年後見制度の利用拡大を図ってきました。ただ、手続きが煩雑であることや、資産の運用に制約があるなど使い勝手の問題を背景に、現時点で利用は低調です。金融庁は2024事務年度の金融行政方針で、高齢顧客の抱える課題やニーズについて、業界団体に対応を促す姿勢を示していました。
これを踏まえ日証協は、より柔軟に資産を運用する選択肢を構築しようと、23年12月に専門作業部会を設置。金融庁がオブザーバーとして参加する会合で議論を重ね、このほど「家族サポート証券口座」の要綱の公表にいたりました。
家族サポート証券口座を利用するには、まず本人の認知能力が低下する前に、信頼できる家族(配偶者や子・孫)を代理人とする委任契約公正証書を作成しておきます。その後、証券会社に利用を申し込みますが、認知能力に問題がない間は、申込後も本人が引き続き金融商品の売買など取引を行うことができます。
本人の認知能力が低下してきた場合、代理人は代理取引開始を証券会社に届け出ます。この際、証券会社側が本人に通知し、ここで代理権が発行します。その後は、代理人が本人にかわって、あらかじめ定めた対象資産を売買できますが、レバレッジ投信、信用取引、トークン化証券の購入などには制約があります。また、乱用防止のため、代理人による取引や出金については、サービスを提供する証券会社がその目的を確認する必要があります。
各証券会社は日証協が今回公表した要綱に沿って自社でサービスを構築することで、「家族サポート証券口座」の名称を使用することが認められます。日証協幹部は「家族サポート証券口座は、家族信託、法定後見、任意後見と並列する選択肢であり、他の制度を否定する意図は全くないが、急速に高齢化が進んでいく中で選択肢を増やすこと自体が非常に重要なミッションだと考えている」と導入の意義を説明しています。
「自分の息子と娘に任せられるかといえば…」
日証協の森田敏夫会長は公表当日の記者会見で「家族サポート証券口座は私が会長になったとき初年度から重点施策に挙げてきた。約3年半という時間が掛かったのは、この取り組みは非常に重要な取り組みであると同時に、相当、センシティブな取り組みでもあるという意味で、かなり丁寧に議論をしてきたのが実情ということだ」と説明。「成年後見人制度がなかなか使われていない実態がある中、もっと汎用性のあるものが作れないかなと議論してきた結果がこういう形になった」と述べました。
その上で、「自分たちの親族に『この人だったら任せてもいい』という人がいれば代理人として契約できる。余談だが、私も息子と娘がおり、息子と娘に任せれるのかといえばなかなか……ま、そういう人がいるということ」と冗談を交えつつ、「現実的には、立派な息子さん、娘さんがいらっしゃって、『これは任せられる』という方はいらっしゃると思う。代理人に任せる範囲の柔軟性があり、公正証書によって安全性を担保するこの仕組みが普及するよう、丁寧に皆さんに説明していきたい」と話しました。