『永遠の愛を誓いますか?……■』

白髭を蓄えた神父が言い、黒鉄のよろいに身を包む〈ザンテツ〉は大剣を、純白のローブをまとう〈ヴィオレット〉はつえを、それぞれ頭上へ掲げて交差させた。

問いの答えはもちろん『はい』。2人同時にコマンドを選択するや、ステンドグラスから光が差し込み、西洋風の教会には荘厳な鐘の音が響き渡っていく――。

そんな祝福に満ちた光景を映すモニターが2つ並んでいる。モニター前のゲーミングチェアには夏織と徹が並んで座っている。

今、2人がやっているのは『ファイナル・フィクションズⅣ』というゲーム。”ファイフィク”の愛称で親しまれ、世界中で人気のあるMMORPGだ。

ゲーム上では何度かパーティーを組んでクエストに挑んだことがある2人は、いわゆるオフ会で”中の人”に去年の暮れに初対面した。

『え、ザンテツさんって絶対筋肉モリモリのいかつい男だと思ってた』

『わたしも、ヴィオレットちゃんってきれいなお姉さんだと思ってた』

ゲームのなかで使っているハンドルネームを教え合った夏織たちは顔を見合わせて笑った。

そんな2人が付き合い始めるのに時間はいらなかった。いや、あるいはもう出会ったときすでに、夏織たちは見かけや性別ではないお互いの内面を深く知っていたのかもしれなかった。

付き合ってから、多少は出掛けたりもした。映画館や水族館、ショッピングに遊園地。人並みのデートも憧れていたし楽しかった。でもやっぱり1番は、2人で〈神竜・ファフニール〉を討伐したり、〈ラピス・ダンジョン〉の謎を解き明かしたりと、ともに冒険をしているときだった。

ゲームのなかだけじゃなく、一緒にいたいと思ったのはどちらからともなくで、夏織たちは同棲を始めた。4.5畳の洋室をゲーム部屋にして、60インチのモニターを2つ並べた。大画面に興奮はしたけれど、意外と圧迫感が強くて、ちょっとミスったねなんて2人で笑いあった。

ちゃんと付き合い始めてからはまだ半年足らずだった。それでも夏織は、徹のことを運命の人だと思った。

「ねえ、夏織?」

モニターから視線を外した徹がチェアを回転させて、夏織へと向き直った。

「どうしたの、改まって」

妙に張りつめた徹の声音に笑いながら、夏織もチェアを回転させる。

「俺たち、現実でも結婚しようか」

そう言って差し出された右手の、自分のものとは違う分厚い手のひらの上に載せられた小さな箱に、夏織は思わず息をするのも忘れてしまった。

ファイフィクのキャラ同士で結婚式を挙げようと2人で決めたとき、現実での結婚が頭を過ぎらなかったわけではない。

夏織は今年で35歳。両親から結婚や出産の圧も少なからずあった。それでも、もし徹とダメだったらもう一生結婚なんてできないかもしれないと思うと、遠まわしにすら切り出すことはできなかった。

けれど徹はそんな心配は無用なのだと、夏織の現実を切り開いてくれる。ヴィオレットが後方からの遠距離魔法で敵を蹴散らし、ザンテツが突撃する活路を開いてくれるように。

答えはもちろん「はい」だった。

※MMORPG:Massively Multiplayer Online Role-Playing Game(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲーム)の略称。 インターネットを介して数百人~数千人規模のプレイヤーが同時に参加できるオンラインゲームのこと。