「人生100年時代」と言われるようになって久しい昨今。資産形成等で老後資金の準備をしつつも、少しでも長く働いて、長生きリスクに備えたいと考える人は多いでしょう。

そうは言っても、年功序列・終身雇用が当たり前に機能していた時代に社会人になり、経験を積んできた「中高年男性」にとっては、定年後はどうやって働けばいいか、むしろ今からどうキャリアに向き合えばいいのか分からないと悩んでいる人も多いようです。さらに、コロナ禍によって、急速に働き方改革が進められることも悩みを深くしているかもしれません。

今回は特別に、日本総合研究所 スペシャリスト・小島明子氏が多様なデータで「中高年の働き方」の現状を明らかにしつつ、悩める中高年男性、ひいては共に働く多くの人に前向きな提言を送る、書籍『中高年男性の働き方の未来』より第2章『中高年男性をめぐる働き方の課題』の一部を公開。

役職定年が“志気”にもたらす影響、シニア社員と若手社員の認識のギャップなど「中高年の働き方」に潜む課題が明らかに(全4回)。

●第1回はこちら

※本稿は『中高年男性の働き方の未来』(小島明子著・きんざい)の一部を再編集したものです。

現代にあわない定年制度がもたらす働き方の課題

国立社会保障・人口問題研究所※1によれば、日本の生産年齢人口(15~64歳の人口)は、1995年の8726万人をピークに減少し続け、2015年には7728万人となっている。将来の生産年齢人口は、出生中位推計によれば、2029年、2040年、2056年には、それぞれ7000万人、6000万人、5000万人を割り、2065年には、4529万人になることが指摘されている。総務省※2によれば、2020年の男性の雇用者数は3261万人、年齢ごとにみると、45~54歳785万人、55~64歳で576万人であるため、雇用されている男性のなかで中高年男性が占める比率は約4割にのぼる。管理職比率は、年齢が上昇するに従い増加している(図表1)。加えて、管理職の人数は、45~54歳で29万人、55~64歳で38万人にのぼり、中高年男性が占める比率は約9割にまでのぼる(図表2)。

図表1 年齢層・男女別の管理職比率の推移

出所: 総務省「労働力調査」をもとに日本総合研究所が作成。

図表2 年齢層別の管理職男女比率(2020年)

注:管理的職業従事者の数値にて算出
出所: 総務省「労働力調査」をもとに日本総合研究所が作成。

厚生労働省※3によれば、定年制を定めている企業割合は95.5%にのぼり、定年制を定めている企業の70.3%が定年年齢を60歳に定めている。一律定年制を定めている企業のうち、再雇用制度のみを設けている企業は72.2%にのぼり、大企業ほどその傾向は強くなっている。定年を迎え、就業継続意欲があったとしても、シニア人材が、定年後は異なる雇用形態で勤め続けていることが想像できる。労働政策研究・研修機構※4の調査によれば、定年後に継続雇用された235万2000人のうち、「仕事内容が変化していない」は50.7%、「同じ分野の業務ではあるが責任の重さが変わった」は34.8%であったが、「賃金が低下した」は80.3%である。つまり継続雇用では多くの人が、賃金は低下しているにもかかわらず、仕事内容は定年前と同じだといえる。賃金が下がった人のなかには、「仕事内容が変わっていないのに賃金が下がるのはおかしい」と回答した人が約3割存在する。日本社会や経済にプラスの影響を与えていくためには、中高年男性の意欲や能力を活かしていくことが必要であるにもかかわらず、このような状況では、生産性の高い働き方の実現は容易ではない。

海外の定年事情をみると、米国では、1967年に年齢を理由とした募集、採用、賃金、条件などの差別を禁止する「雇用における年齢差別禁止法(ADEA)」を制定し、そもそも定年制度を禁止している※5。一部、上級管理職等(4万4000ドル以上の退職給付の受給資格を有することを条件に65歳以降定年が認められる)や、州の警察官、消防士(定年年齢は55歳以上で州法または地域法で規定)といった例外規定はあるが、40歳以上の個人に対する、年齢を理由とする雇用に関する差別を禁止しているのである。

では、なぜ日本では定年制度という概念が生まれたのだろうか。柳澤武氏※6によれば、19世紀末には、多くの企業が定年年齢を50~55歳前後に設定しており、当時の平均寿命が男性は42歳、女性は44歳程度であったことをふまえ、平均的な労働者の老衰が背景にあることを述べている。その後、高度経済成長期においては、労働力不足が進み、定期昇給制度の確立と終身雇用慣行が定着し、多くの大企業では55歳定年制が一般的となり、多くの労働組合が定年の延長を要求するようになったことが指摘されている。

しかし、平均寿命という点で考えれば、日本人の平均寿命は延びており、男性で81.41年、女性で87.45年である※7。国際的に比べても、相対的に平均寿命は長い。今後も医療技術が進歩する可能性をふまえれば、定年というのはキャリアの終点ではなく、中間点になるのかもしれない。国立社会保障・人口問題研究所※8によれば、1970~2018年の男女の初婚率を比べると、いずれも40~69歳まではおおよそ年々上昇していることが明らかになっている。特に男性においては、1970年代に、50~54歳が0.14%、55~59歳が0.06%、60~64歳が0.04%、65~69歳が0.03%であった初婚率は、2018年に50~54歳が0.75%、55~59歳が0.33%、60~64歳が0.16%、65~69歳が0.08%へとそれぞれ飛躍的に上昇している。さらに、第1子嫡出出生数の推移をみると、全年齢での第1子嫡出出生数は減少しているものの、50代、60代で第1子の父親になっている男性は年々上昇しており50代で第1子の父親になった男性は、20年前の約3倍近くになっている(図表3)。晩婚化が進んでいる影響もあると考えるが、以前に比べて、体力および精神面で若い中高年男性が増えていることを示しているという見方もできるのではないだろうか。

図表3 50代男性および60代以上の男性の第1子嫡出出生数の推移

 

出所:厚生労働省「人口動態調査」をもとに日本総合研究所作成。

昔に比べれば、現代の中高年男性は、年齢を経ても心身ともに若く健康である人も多いなか、定年制度によって、意欲の高い中高年男性の働き方が限定的となることは、明らかに実態とは合わずミスマッチが生じている。加えて、中高年男性は、日本の雇用者および管理職のなかに占める比率も非常に高い。このことは、より多くの中高年男性が自身の経験やスキルを活かして働き続けられるか否かが、今後の労働人口の不足の解消や企業の生産性に大きな影響を与えるといえるのではないだろうか。